経済界が激怒! 菅首相、破格の最低賃金引き上げは「衆院選」と「ゾンビ企業」淘汰が狙いか

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「まさか、こんなに賃金を引き上げろというとは......」

   コロナ禍で苦しむ多くの会社を抱える中小企業団体の代表たちが絶句した。2021年7月15に決まった今年度の最低賃金を決める国の審議会での席上だ。

   2日間の激論の末、過去最高の28円(全国平均)を目安に引き上げることで決着した。働く人にとってはうれしいが、菅義偉政権の本当の狙いを考えると、喜んでもいられなくなる?

  • 菅義偉首相の「過去最大の引き上げ」の狙いは衆議院選挙だけか?
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「40円」VS「ゼロ円」の戦いに断を下した首相官邸

   2021年7月13日から14日まで、2日間にわたって激論が交わされた中央最低賃金審議会(厚生労働相の諮問機関)の小委員会は異例の展開をたどった。主要メディアの報道をまとめると、こうだ。

   13日14時に始まった労使双方の議論は、12時間が過ぎた翌14日2時になっても決着がつかず、14日10時から再開された。

   コロナ禍の影響で「ほぼ据え置き」(1円増)となった20年度の流れを断ち切ろうと、労働者側は今年度「40円」の引き上げを求めた。低い水準にとどまっている地方の賃金を大きく引き上げて格差の解消につなげることが不可欠と考えたからだ。

   これに対し、使用者側が主張したのは引き上げ額の「ゼロ」だ。飲食業や観光業などを中心に苦境に陥っている企業が多い。そうした中で「最低賃金の引き上げで人件費が増えれば、倒産や廃業の引き金をひくことになりかねない」と訴えたのだ。つまり、「40円」VS「ゼロ円」の戦いとなったわけだ。

レジ打ちのパートの全国最低賃金800円以上に
レジ打ちのパートの全国最低賃金800円以上に

   しかし、14日の14時を過ぎても堂々めぐりが続き、有識者の公益代表委員による「公益見解」に持ち込まれた。そこで両者の「思いを汲んだ」として、公益代表委員が示したのは「全国一律に28円を引き上げる」という案だった。公益代表委員はこう説明した。

「ワクチン接種が進んでおり、(実質ゼロだった)昨年度とは状況が異なっている。最低賃金の地域間格差の是正や、非正規労働者の待遇改善にも配慮すべきだ。全地域がそろって28円上がれば、低い地域ほど上昇率が高くなる」

というものだった。

   労働者側の代表は大歓迎だったが、使用者側は激怒した。これまでは、公益代表委員が「公益見解」を出せば、労使ともそのまま受け入れるのが慣例だった。しかし、使用者側委員は採決を求めた。結局、11人の委員(1人欠席)中、賛成9人、反対2人で「28円アップ」が決まった。

   協議終了後、日本商工会議所の三村明夫会頭ら使用者側3団体の代表は、怒りに満ちたコメントを報道陣に公表した。協議が終われば異論をはさまないのが慣例で、これも異例のことだった。

「到底納得できるものではない。最低賃金の引き上げの政府方針を追認する結論となり、最低賃金決定のあり方に疑問を抱かざるを得ない」

という厳しい注文だった。

   主要紙の報道は使用者側が激怒したように、今回の最低賃金大幅アップは、菅政権が主に衆議院選挙対策のために主導したという見方で一致している。

賃上げムードが広がれば、秋の衆院選で有利に

賃金が上がるのは嬉しいことだが...(写真はイメージ)
賃金が上がるのは嬉しいことだが...(写真はイメージ)

   読売新聞(7月15日付)「『28円上げ』政権の意向を反映 議論2日間『40円』VS『0円』」は、こう報じている。

「『これで最低賃金が700円台の地域がなくなる。一歩前進だ』と労働者側の委員は安堵した。労働者側にとって追い風になったのが、菅政権の意向だ。6月に閣議決定した経済・財政運営の指針『骨太の方針』では、『最低賃金の引き上げに取り組む』と明記した。感染拡大前は4年連続で3%引き上げが実現しており、事実上、今年の約3%(25円前後)引き上げを示唆した格好だ。秋の衆院選を見据えて賃上げムードが広がれば、国民の関心も引き寄せられるという思惑も透けてみえる」

   毎日新聞(7月15日付)「最低賃金交渉『公益見解』で一変 労使隔たり残して」が、露骨な介入を行った首相官邸の様子を、こう伝えている。

「経営者側の抵抗にもかかわらず過去最大の引き上げ幅になったのは、菅首相の強い意向が『公益見解』に反映されたからだ。首相は自民党総裁選に出馬した際も引き上げを公約に掲げ、6月に決定した『骨太の方針』には『早期に全国加重平均で平均1000円』を盛り込んだ。(所管の)厚生労働省幹部は『思い入れが強い。今回は特に過去最高額にこだわった節がある。箸の上げ下ろしまで官邸に縛られた』と話す。

全国一律にもこだわった。今回、大都市と地方との間に差をつけなかったのは、格差拡大に歯止めをかける狙いもある。厚労省幹部は『労働者保護もあるが、庶民の生活底上げをアピールしたいという衆院選を大きく意識したものになっている』と振り返る」

   朝日新聞(7月15日付)のコラム「視点:政治主導、プロセスに疑問」は沢路毅彦・編集委員が、これでは最低賃金制度が破たんしたのも同然だと批判した

「最低賃金法は(1)労働者の生計費(2)賃金水準(3)企業に支払い能力――の3要素を考慮するよう求める。コロナ禍が続いているのにベクトルが正反対になったのはなぜか。有識者委員(公益委員)らの公益見解から理屈を読み取るのは難しい。昨年との大きな違いは政権の意向くらいだ」

   沢路記者はこう結んでいる。

「プロセスには疑問が残る。労使が夜を徹して審議する外形を保ちつつも、与党・厚労省からは協議の前から『3.1%』という引き上げ率の結論が漏れ伝わってきた。示された引き上げの理由も貧弱。さまざまな経済指標をもとにした専門家の議論を明らかにし、広く納得感を得ようという気概も乏しい。現行制度の見直しが必要だ」

首相のブレーンの「中小企業亡国論」とは?

   一方、産経新聞(7月15日付)「賃金引き上げ、コロナ禍では失業増加の副作用も」は、菅政権のもっと恐ろしい意図に懸念を示している。「ゾンビ企業」といわれる生産性の低い中小企業の淘汰(とうた)を考えているのではないか、というわけだ。

「(最低賃金の大幅な引き上げは)雇用環境の改善につながると期待されるが、人件費の上昇はコロナ禍で打撃を受けた企業を直撃し、逆に失業や設備投資の抑制といった副作用も生む、もろ刃の剣となりかねない。生産性向上のため経営が行き詰まった『ゾンビ企業』を淘汰する政権側の狙いも一部で指摘され、拙速に進めれば景気の持ち直しを後ずれさせかねない。出口が見えない日本経済にとって相当な〈劇薬〉といえる」

   産経新聞が、「ゾンビ企業の淘汰」と指摘するのは、菅首相が信奉するブレーンである経済アナリストのデービッド・アトキンソン氏(文化財の補修を手掛ける小西美術工芸社社長)が、かねてより「中小企業不要論」を説き、生産性の低い中小企業を大胆に減らして再編成すべきだと主張しているからだ。

   アトキンソン氏は「最低賃金の3%引き上げ」を決めた政府の成長戦略会議の有識者メンバーの一人である。

   時事通信(7月9日付)「日本再浮上に賃上げ必須 菅首相ブレーンのアトキンソン氏に聞く」が、今回の最低賃金引き上げの「仕掛け人」であるアトキンソン氏に、事前にインタビューした。

「沈みゆく日本経済を救うには、労働生産性の向上しかないと提唱するのが、政府の成長戦略会議の有識者メンバーを務めるデービッド・アトキンソン氏だ。
著書「日本企業の勝算」では、大企業の半分にとどまる中小企業の生産性向上が急務と訴え、最低賃金の引き上げを機に安価な労働力に依存した経営モデルの転換を促す必要があると主張する。菅義偉首相のブレーンとして知られるアトキンソン氏に日本再生の方策を聞いた」

と、こう聞いている。

《――なぜ中小企業の生産性向上が何よりも重要なのか。
アトキンソン氏「社会保障費の負担が増えるなか、現役世代の賃金水準がそのまま上がらなければ生活は苦しくなる。賃金をどう上げるのかは死活問題で、そのためには労働生産性の向上が必要だ。日本では就業者の約7割が中小企業で働く。中小企業に頑張ってもらわないと、大企業だけ生産性を向上させても全体の水準は上がらない。
その際、重要なのは企業の規模だ。『規模の経済』といって経営規模が大きくなればなるほど生産性が高まるのは経済学の大原則。しかし、日本企業の85%は平均社員数3、4人の小規模事業者で、先進諸国と比べて小さすぎる。社員3、4人の会社にビッグデータ戦略などできない。連携や合併も含めて中小企業の規模を大きくしていく。淘汰ではなく、企業の成長を促進しようと訴えている」

コロナ禍で苦しむ中小企業がひしめく東京都

コロナ禍で苦しむ中小企業がひしめく東京都
コロナ禍で苦しむ中小企業がひしめく東京都
――中小企業基本法も生産性向上の阻害要因なのか。
アトキンソン氏「同法では、製造業は従業員300人以下、小売業は個人などと中小企業を定義し、補助金など手厚い優遇策を講じてきた。このため経営者は優遇策を目当てにし、企業規模を拡大しようとする意欲がそがれている。米国やドイツのように定義を500人まで引き上げるべきだ」
――最低賃金の引き上げは生産性向上につながるのか。
アトキンソン氏「日本の最低賃金は先進諸国で最低レベル。引き上げないと経営者が本来払うべき賃金を支払わず、付加価値の創出額が潜在能力よりも小さい生産性の低い中小企業の経営モデルを温存させてしまう」
――コロナ禍でも21年度の最低賃金を引き上げるべきか。
アトキンソン氏「日本でもワクチン接種が加速しており、景気は回復していく。今年度は3%以上引き上げていかないと理屈に合わない。最低賃金の引き上げは個人消費の活性化や格差是正にもつながる。コロナ禍の打撃は宿泊・飲食・生活関連業に集中しているが、こうした業種が生み出す付加価値は国全体の5%にとどまる。これら一部の業種には支援策を講じつつ、経済全体のために引き上げは必要だ」
――最低賃金の決め方にも問題があるのか。
アトキンソン氏「中央最低賃金審議会(厚生労働相の諮問機関)で、労使間の駆け引きや力関係で決めるのは合理的ではない。最低限の生活を保障するという『社会政策』ではなく、労働分配率はどうあるべきかなど『経済政策』として捉えるべきだ。英国の低賃金委員会のように経済学や統計学の専門家による科学的分析に基づいて決めるべきだ」》

   菅首相への影響力が非常に強いとされるアトキンソン氏の主張を読むと、今回の中央最低賃金審議会の論議で、最後に公益代表委員が示した「公益見解」とよく似た内容であることに気づく。

   また、労使間での話し合いに否定的な考え方も、官邸が介入した手法と同じだ。ということは、今後、中小企業の淘汰も狙っているということなのだろうか。

(福田和郎)

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