NBCの発言力が強いワケ
第3章で高騰する放送権料のからくりを明らかにしている。IOCの総収入は4年間で57億ドル(2013~2016年、6156億円)と、年間平均1500億円をくだらない。収入で最も多いのはテレビ放送権料で全体の73%を占める。
放送権料の推移を詳しく紹介している。1960年冬のスコーバレー大会から放送権料は支払われたが、全世界でたった5万ドルだった。夏のローマ大会で120万ドル。1964年東京大会では160万ドルだった。
IOCは世界で最も多額の放送権料を払っている米NBCと複数大会契約を結び、大会ごとの放送権料を公表しなくなった。
1995年、IOCとNBCは2004年アテネ大会、06年トリノ大会、08年北京大会(交渉時は開催地未定)の3大会を23億ドルで契約した。スポーツ史上最高だった。後藤さんは「ここがオリンピックの歴史の転換点であり、IOCとテレビ、競技団体(NF)、そして現地の組織委員会の力関係を決定づけた瞬間だった。
IOCは将来的な財務の安定性を得るだけでなく、組織委員会の発言権も事実上奪い取った。開催場所が決まっていない段階でIOCに意見を言える組織委員会は地球上に存在しない」と書いている。
放送権料の急騰はNBCの発言権を増大させた。2008年北京大会がその象徴になった。NBCは時差が米東部と北京で13時間あることから、米国で人気の高い競泳と体操を自国のプライムタイム(午後8~11時)に生中継できるように競技開始時間の変更をIOCと北京五輪組織委員会に要求。IOCは現地時間午前中の決勝実施を決めたという。
NBCはまだ開催場所も決まっていない大会の10年以上も前に巨額の放送権料を払った。それがたまたま、米国と昼夜逆転している北京で開かれるなら、競技開始時間を調整するだけのことだ。一方、北京とほとんど時差のない日本は日中の放送となり、視聴率も広告料もぱっとしなかった。
さまざまオリンピックにまつわるカネについて書いている本書だが、最も驚いたのは、新国立競技場は「レガシー(遺産)」にならないということだ。
なぜなら、新国立のサブトラックは一時施設で、終了後撤去される。そうすると、サブトラックが併設されない競技場では陸上の公式記録が認められなくなるからだ。
サッカーとラグビーの球技場として利用される方針だそうだが、何か肩透かしをくらったと思うのは評者だけだろうか。(渡辺淳悦)
「オリンピック・マネー」
後藤逸郎著
文藝春秋
880円(税込)