産業用生産設備の設計製作を手掛ける石井工機(群馬県藤岡市)は、2021年に創業55周年を迎えた。
1966年の創業から約半世紀。5月31日に公開した記念動画には社員全員が出演した。動画内では、社員たちが並んで歩くシルエット、腕を組んでたたずむ姿のほか、パソコンでの作業や電話対応、社内打ち合わせといった日常の様子が紹介されている。
サウンドはBGMが流れるのみで、セリフは一切なし。字幕やテロップも、最後に会社ロゴと「55th ANNIVERSARY SINCE 1966」の一文が現れる以外は何もない。
この動画にはどんな想いが込められているのだろうか――。会社ウォッチ編集部は、石井工機の4代目代表取締役、石井安美(いしい・やすみ)さんと、動画制作を手掛けたSunset filmsの代表取締役、井埜涼太(いの・りょうた)さんに聞いた。
動画制作者「職人さんの目が光ってた」
――石井工機がSunset filmsに動画を依頼した経緯を教えてください。
石井安美さん「私は2020年5月に代表となり、対外的なPRの強化に力を入れてきました。就任前の20年4月には公式サイトと会社案内を新しくしていたので、販路開拓のために営業担当と売り込みをシミュレーションしましたが、やり方がバラバラで大変だということになりました。
そんな中で井埜さんとお会いし、井埜さんのやろうとしていることや方向性にすごく感銘を受けました。その時に聞いた話が、おばあさんに老人ホーム選んでもらうのに、資料を見せてもなかなか決まらなかったのが、動画の説明を見せたらそこに即決したというお話です。文字や写真に比べて「動画」がすごく訴求力のあるPRになるというのがわかり、ご支援いただくことになりました」
――なぜ、今回のような動画を撮影しようと思われたのでしょうか。
石井さん「Sunset filmsさんに会社紹介の動画を撮影していただいた際に、うちで働く社員の姿がすごくカッコいいと言ってもらいました。自分たちは仕事をしているそのままの姿を撮ってもらったので、カッコいいという認識はなかったですが、第三者目線で見るとカッコよく映ったようです。
そのカッコよさを対外的に発信していったらどうかと、動画を制作することになりました」
井埜涼太さん「初めての町工場のクライアントが石井工機さんです。これまで人員を使っていた工場ラインに自動化を取り入れる産業用生産設備の、設計から納品に至るまでトータルで手掛けており、初めて撮ったときに『なんてカッコいいんだろう』と思いました。職人さんの目が光ってたっていうか(笑)一人ひとりが本当に職人で、これは撮りたいなと思いました」
セリフが一切ないのはなぜ? 石井社長に聞くと...
――動画でこだわったポイントは?
石井さん「仕事に向き合う真剣な姿を撮って発信していきたかったので、コミカルな内容は含めませんでした。一般的に、町工場には暗い、汚いといったマイナスのイメージを持っている人が多いと思います。たしかに汗と油にまみれて仕事をしていますが、町工場で生み出す価値が今の社会を支えていること、また真剣にモノづくりに取り組むことがとてもカッコいいことを伝えたいです。
井埜さん「自然な部分はそのまま生かしつつ、並んで歩くシーンなどは「笑わないで、真剣な顔してください」と言いながら撮影しました。何かに立ち向かっていく男のカッコよさもあるのかなと思い、映画『アルマゲドン』(1998年)を意識しています。1日で撮影し、1か月半くらいで形にしました」
――たしかに、映画の予告のような迫力ある演出でした。
井埜さん「もともと私たちはミュージックビデオ(MV)を撮っており、MVの質を企業にあてたら面白いんじゃないかということで、事業をBtoBに変換していきました。なので今回のスモークなどの演出は、自分たちとしては結構やりやすかったです。ライティングとかもそうですが、MVと変わりないレベルなのかなと思います」
――セリフや字幕が出てこないのが印象的ですね。
石井さん「必要な言葉や文字の情報は、ほかの会社紹介の動画でお伝えしています。今回は情報を伝えるというより、従業員の「姿」を見てもらうことに注力しています」
井埜さん「職人たちの真剣な目線がやっぱりカッコいいですよね。電話が鳴る音や溶接の「ジジッ」という音でリアルに表現しています。
あと、動画は社員のご家族も見るので、このような形で「お父さん、お母さんはカッコよく仕事しているんだよ」と伝えたいと思いました」
――なるほど。動画には34人の社員全員が登場していますが、撮影の様子はいかがでしたか。
石井さん「社員には『顔出しNGの人は外します。ただ、55周年なので、できればみんなに映ってほしいです』という話をしました。すると個別の映像がNGな人はいましたが、最後の全員で映るシーンは実現できました。みんな動画に映ることがなかなかないので、面白がる人もいれば、戸惑う人もいましたね」
――そうだったのですね。動画公開後は、どのような反応が寄せられましたか。
井埜さん「ツイッターでは、『こういう人たちが日本の産業を支えているんだ』というコメントがみられ、狙ったどおりにいったかなと思います」
石井さん「従業員の子供が野球チームに入っていて、そのご父兄から『見ましたよ』というお声をいただきました。そういった反響はけっこうありましたね」
――最後に、石井工機の創業55周年を受けてのお気持ちと、今後の展望をお聞かせください。
石井さん「これまで、町工場では技術の向上を優先させてきたため、販売力や営業力はあまり重要視されてきませんでした。しかし時代が変わって、さまざまな情報が手に入るようになり、設備をどこに作らせるかという業者の選定先が変わってきています。そのため、当社の価値を広く正しく伝えていくためには、動画やメディアを使って発信していくこともすごく大切です。こうした発信を通して製造業や町工場が生み出す価値を知ってもらい、たくさんの企業に選んでもらえる企業になれたらなと思っています」