「1日当たり100万回!」
何が何でも新型コロナウイルスのワクチン接種の目標を達成する。
というわけで、政府は2021年6月21日から企業の職場や大学でもワクチン接種を始める方針だ。目標はもちろん東京五輪の開催。
「どんどんやってくれ。走った後に考えればいい」
と、菅義偉首相自らハッパをかけるだけあって、準備不足のザルだらけの制度に企業も混乱に陥っている。
職場でのワクチン接種、ネット上でも賛否大激論だ。
走りながら考える急ごしらえのスタート
いかに今回の企業への職場接種の強要が急ごしらえだったか――。
産経新聞(6月2日付)「職場・学校接種を解禁 収束へスピード勝負」が内実をこう暴露する。
「政府が6月21日から新型コロナウイルスのワクチン接種を企業や大学でも始めることで、菅義偉首相が『コロナ対策の切り札』と位置付けるワクチン接種は国を挙げた総力戦に入る。具体的な手続きが明らかにできないなど万全の準備が整っているとは言い難いが、混乱を恐れずスピード勝負を挑む政権の姿勢が鮮明になった。5月31日夕、官邸に関係閣僚が集まった。河野太郎ワクチン担当相らの説明を聞いた首相はこう後押しした。『どんどんやってくれ』」
だが、総動員体制は走りながらの設計となっているのが実態だ。希望する企業が国に相談する窓口について、加藤勝信官房長官は「具体的な仕組みは早々に政府からお示しさせていただきたい」と述べるにとどめたというから、企業に一方的に要請を強行するだけで、企業から相談を受けるなど国側の担当セクションすら決まっていないのだ。こんなありさまで、3週間後の6月21日から中小企業も含めた全国の企業で、職場接種を始められるのか?
産経新聞は、政府のムチャクチャな突進ぶりと問題点を、こう続ける。
「接種対象は企業など実施する側に任せるが、正社員と非正規社員、アルバイトといった雇用形態で差が出れば混乱の元となりかねない。こうした懸念に対しても、加藤官房長官は『常識にのっとり公平性の観点に立って対応していただく』と語るだけで、具体的な防止策は示さなかった。政府ががむしゃらにスピードアップを目指すのは、菅内閣の支持率が感染状況に影響を受けて上下してきたからだ。ワクチン効果で感染者が減少すれば支持率上昇につながり、秋までに行われる衆院選で、首相が有利となるとの計算も働く。担当閣僚の一人はこう強調した。『今は混乱よりスピードだ。多少、お叱りを受けてもスピード重視でやるのが大事だ』」
もちろん、何とか感染拡大を食い止め、7月23日から始まる東京五輪・パラリンピックにつなげるのが最大の目的だ。
東京新聞(6月2日付)「接種順位よりスピード重視 6月21日から職場・大学でもワクチン接種 課題は打ち手の確保」も行き当たりばったりの実態を暴く。
「新型コロナウイルスのワクチン接種をめぐり、政府は1日、職場や大学での「(職場接種などで)菅義偉首相が掲げる1日100万回接種に向け、スピードの加速化を重視する構えだ。河野太郎行政改革担当相は記者会見で『現役世代は、平日昼は居住地にいない。通勤先のほうが手軽に打てる。自治体は残った人を打てばよいのでスピードアップになる』と強調。地域住民への接種を念頭に『社会貢献型の取り組みも歓迎したい』と語った。医師などの担い手や会場は、企業が確保する。産業医による社内診療所での実施や外部委託を想定。企業単体だけでなく、中小企業が合同で行うことも認める」
「接種対象は各企業が判断する。社員だけでなく家族や取引先の従業員、地域住民に接種を行うことも可能。だが、接種を担う医療従事者は『自治体による高齢者接種に影響を与えないように企業自ら確保』(加藤勝信官房長官)というのが前提条件。打ち手を十分に確保できるかが課題で、どれだけの企業が6月21日から始められるか不透明だ。河野氏は『とりあえず手が挙がるのを待ちたい』と話す」
というから、ずいぶん無責任ではないか。
トヨタ、JR東日本、日本航空らが手を挙げたが...
企業に「自治体に迷惑がかからない範囲で、自前で医師を調達しろ」とか「地域住民にも開放して接種させろ」と要請しているのだ。さすがに、地域住民に開放する件は、セキュリティの問題もあり、受け入れる企業は少なくなりそうだ。
さて、「とりあえず手が挙がるのを待ちたい」という河野太郎氏の願望に応じる企業はいるのだろうか。
主要メディアの報道をまとめると、トヨタ自動車が6月1日、実施を検討していると表明。JR東日本、日本航空、住友生命保険、楽天グループなども準備を進めると明らかにした。
また、貸会議室大手TKP(ティーケーピー)が、運営する約250拠点を職場接種の会場として企業に無償提供すると発表。あいおいニッセイ同和損害保険も、本社の隣接施設「センチュリーホール」(東京・恵比寿)を、地元企業の職場接種の会場に提供することを検討している。
このうち、トヨタとJR東日本は直営の病院を持っているだけに、医療スタッフの確保には事欠かないとみられる。なかでも、日本最大のメーカーで、子会社を含む従業員が約36万人(2020年3月末時点)に上るトヨタが実施に踏み切れば、追随する企業も出てきそうだ。トヨタは、地元自治体の集団接種の場でも全面的に協力してきた。
朝日新聞(6月2日付)「職場接種、対応急ぐ企業」で、こう伝える。
「『企業城下町』では、企業と自治体が一体となった取り組みがすでに始まっている。トヨタ自動車は、地元の愛知県豊田市の集団接種の運営に参加。作業のムダを省く『トヨタ生産方式』を生かしている。接種の作業にかかる時間をトヨタ社員が計測。『手指消毒12秒』『上着を脱ぐのに30秒』などと確認し、接種を受ける人が滞留しにくい導線を設計した。集団接種が5月下旬に始まってからも、来場者に受付書類をカバンから事前に出してもらうよう呼び掛ける『カイゼン』を進める」
トヨタは、生産現場で生かしてきた効率重視のシステムを、ワクチン接種の場でも惜しみなく地元の人々に提供しているのだ。朝日新聞はこう続ける。
「豊田市にはトヨタ社員やその家族が大勢住む。『集団接種が進めば、職域接種が実質的に進む』と、トヨタ広報は話す。トヨタは、集団接種とは別に職域接種も実施する方針。会場や方法などは検討中としている」
トヨタは、ほかの企業が嫌がる地元住民の開放も目指すらしい。
(福田和郎)