2021年3月23日に、国交省から1月1日時点の公示地価が発表されました。
概要としては、東京圏・大阪圏・名古屋圏(各圏の整備法で定められた圏域で日常使われる首都圏・近畿圏・中部圏とは微妙に異なります)の地価は、住宅地も商業地も揃って下落という結果になりました。
今年の地価公示は三大都市圏で揃って下落
地価下落の原因は説明するまでもなく、新型コロナウイルスの感染拡大です。飲食や物販の時短営業や営業不振による店舗閉鎖、観光業の大幅な落ち込み、テレワークの導入によるオフィス縮小の動きなどが進み、全国平均で商業地は前年比マイナス0.8%、住宅地はマイナス0.4%となりました。
株価は別として、実体経済は全般に縮小傾向が示されていますから、それらを反映して地価が下落したとみるのが妥当な見立てということになります。
一方で、テレワークや巣ごもり消費の拡大など、コロナ禍で生じた生活の変化が都市圏中心部ではなくその周辺の地域を活性化し、地価を押し上げたという分析も併せて公表されました。
そもそも、地価の根拠となるのは「利用価値」です。土地は所有しているだけでは税金を取られるばかりで、積極的に利用し高い収益を期待できる価値を有することが地価水準を維持する一番の要因です。収益というと専ら商業地や工業地でのイメージですが、じつは住宅地でも同じことで、交通&生活利便性の良好なエリアでタワーマンションが建設可能な土地は高額で取引(競合した結果路線価の10倍で落札などというケースもあります)されますし、また高級住宅地とされるエリアは用途地域が限定されている上に風致地区などの指定によって希少性が付加され、憧れも含めて市場性が高まります。流動性が極めて低いこと(稀少性)も市場価値を高める要因の一つです。
この「利用価値」という視点で今回の地価公示を見てみると、わかりやすい例では商業地で最も下落率の大きかった大阪の道頓堀とその周辺(前年比最大マイナス28.0%)や東京・銀座(同マイナス12.8%)および浅草(同マイナス12.2%)などは、いずれもコロナ前の旺盛なインバウンド需要が失われ、宿泊や観光業の落ち込みがダイレクトに土地の「利用価値」の低下を招いた結果と見ることができます。
住宅地価は東京圏と大阪圏・名古屋圏で状況に大きな違い
一方、住宅地では東京圏において、都心エリアの住宅地価の下落傾向および周辺ベッドタウンのわずかな上昇が明らかになりました。巷間言われるところの「居住ニーズの郊外化」が地価動向にも表れたとされています。
東京23区の区ごとの平均公示地価は、港区と目黒区を除いて21区で下落。前年は23区および隣接する行政区すべてで2~5%程度の上昇を記録していたので、都心とその周辺エリアのコロナによる地価反転下落という結果です。また、これもコロナの影響なのか、千葉県松戸市、市川市、船橋市、茨城県守谷市、埼玉県川口市、戸田市など首都圏準近郊~郊外エリアの住宅地価は、わずかに上昇しています。これはテレワークやオンライン授業などの導入・定着で毎日都心周辺に通勤・通学しなくても良くなった人たちが積極的に郊外方面で住宅を探し始めているという状況とリンクしています。もちろん大多数がそのような行動を取ったということではなく、一部の目立った動きが取り上げられたものです。
大阪圏の住宅地では大阪市福島区、中央区、天王寺区や北摂エリアの箕面市、池田市、宝塚市、神戸市東灘区、灘区、京都市中京区、上京区、下京区など、いずれも市街地中心部の住宅地価は前年からわずかに上昇し、東京とははっきりした違いが示されました。
名古屋圏でも同様に住宅地が上昇したのは名古屋市中区、港区、南区など名古屋市中心部と郊外の大型商業施設が建設されたエリアのみです。
つまり、東京圏では都心の住宅地価が下落し、大阪圏・名古屋圏では中心部の住宅地価のみ上昇するという正反対の結果となりました。市街地中心部の「利用価値」はいずれも高いはずなのに、どうしてこのような結果になったのでしょうか。
要因は二つあります。一つは都市圏の圏域の規模です。東京圏は圏域の範囲が広いため、都心から電車で1時間程度郊外方面に移っても生活圏としての違いは専ら物理的な通勤・通学時間だけで、生活スタイルや利便性といったものは極端に異なることはありません。
したがってこれまでと同じような生活スタイルを維持し、それに加えてテレワーク対応や感染防止、家賃や住宅ローンなどのコスト負担を軽くする目的で郊外方面に転居する人が増えたと見ることができます。一方、大阪圏・名古屋圏は市街地中心部から電車で1時間程度移動すると生活圏が異なるケースが多々見受けられるため、コロナの感染拡大でも転居を検討する素地が少ないと考えられます。
実際に転居した人は少ない
もう一つは都心と郊外の物件価格や賃料水準の違いです。東京圏では都心部と郊外では居住コストに2~3倍の格差があることも珍しくなく、郊外方面に転居すること=生活コストを大きく軽減することに繋がりますが、大阪圏・名古屋圏ではエリア平均で比較すると、最大で1.5倍程度の差にとどまるため、生活コストという点での移転インセンティブがやや低いと見ることができます。
さらに、東京圏での地価動向や住宅市場動向が東京以外の圏域に波及するまでのタイムラグが若干ながら(半年~1年程度)あることも加味する必要があります。大阪圏では、2020年を通じて毎月転入超過だった大阪府の移動人口が、2021年2月にわずかながら転出超過になったという点も見逃せません。
この間、東京都および東京23区では2020年7月以降、21年2月まで8か月連続して移動人口が転出超過となっており、今後の住宅地価の動向を見据えるうえでは、重視すべき指標と言えます。毎年3月は新入学や新入社員の流入で、三大都市圏とも例年どおり大きな転入超過を記録していますが、4月以降もこの動向が維持されるのか、今後の地価動向を占う上で注目しておく必要があります。
一方で、国交省が行ったアンケート調査では、コロナ禍で転居を検討したり実際に転居したりした人は約13%にとどまり、残りの86%強は転居を考えていないとの結果となりました。
コロナ禍で大きく変化する、そして流動化すると考えられてきた住宅地価は、実際に公示地価ベースでは反転下落という結果になっていますが、依然として各都市圏の市街地中心部とその周辺で極めて高い水準を維持しており、中古住宅市場が活性化していることから住宅取得意欲も衰えているようには見えません。
ポイントは、コロナ禍でも比較的安定した収入を得ている層と非正規雇用などで収入が激減している層の格差の拡大です。「K字経済」とも言われはじめている状況をこのままにしておくことは、今後の日本経済の安定的な成長にとって大きな阻害要因となることは明らかです。
コロナ禍でも安定した生活を送れるように最大限財政出動をすること、それ以上にコロナ後の市場回復のために雇用と生活を安定させるための政策を次々実施し、誰も見捨てず安心して暮らせる社会にすることが求められています。
(中山登志朗)