2021年7月23日開幕予定の東京五輪まで残り60数日に迫ったが、穴だらけの警備体制が問題になっている。
過去の五輪では、期間中に数億回ものサイバー攻撃にさらされたというが、今回、東京五輪・パラリンピックを標的に狙っているのは史上最悪のハッカー集団だ。
おまけにコロナ禍とあって、海外からの要人警護の準備が遅れている。また、3万人の報道陣が勝手に取材しまくるのを行動規制できるのか? お先真っ暗の状態なのだ。
米国をパニックに陥れた「ダークサイド」が襲う!
いかにオリンピックに危険がつきものか――。毎日新聞(2021年5月18日付)「五輪、前例なき警備 コロナ、要人出席未定 組織属さぬテロ警戒」によると、オリンピックは過去に何度もテロやサイバー攻撃を受けてきた。
1972年ミュンヘン五輪では、パレスチナ系武装組織が選手村を襲撃。イスラエルの選手ら11人を殺害した。ちなみに5月19日現在、イスラエル軍がパレスチナのガザ地区を空爆、子どもを含む死者が210人以上に達し、4万人以上のパレスチナ市民が避難生活を余儀なくされている。
このイスラエルとパレスチナの戦争が東京五輪に飛び火しないとよいが......。
1996年のアトランタ五輪では、米政府の人工中絶政策に反対する男が競技場近くの公園に爆弾を仕掛け、2人が死亡、110人が重軽傷を負った。毎日新聞の取材に、テロ対策論が専門の日本大学の河本志朗教授は、
「東京五輪は海外客を受け入れないため、外国人テロリストが流入しにくいが、過激化したローンウルフ(一匹オオカミ)型のテロの可能性がある。コロナ禍で生活不安が高まり、不満を五輪にぶつけて事件を起こす人がでてくるかもしれない」
と指摘する。
近年の五輪で特に多いのがサイバー攻撃だ。2012年のロンドン五輪では、約2億回ものサイバー攻撃を受けたとされる。開会式で電力システムへの攻撃の兆候があり、250人の技術者を急いで動員して危うく難を逃れた。2018年の平昌(ピョンチャン)冬季五輪では、大会期間中に約550万回、準備期間中も含めて約6億回ものサイバー攻撃があり、会場内のWi‐Fiなどに一時的な障害が発生した。
じつは今回の東京五輪・パラリンピックでも準備期間中に、あわやという重大なサイバー攻撃があった。英外務省が2020年10月、ロシアの情報機関が組織委員会などにサイバー攻撃を仕掛けていたと発表しているのだ。
そのサイバー攻撃だが、5月上旬に米国最大級の石油パイプラインが「ダークサイド」と呼ばれるハッカー集団の攻撃を受け、6日間の操業停止に追い込まれた。「ダークサイド」はカネ目当てであり、攻撃を受けた事業者は身代金として500万ドル(5億4500万円)を支払ったと、海外メディアは伝えている。
ダークサイドは過去の五輪を襲ったハッカー集団たちより、はるかに悪質かつ巧妙で、「東京五輪が狙われる恐れが非常に高い」と指摘するのが産経新聞(5月18日付)「サイバー攻撃『標的型』に 巧妙な手口で防御困難に 東京五輪での被害も懸念」だ。こう伝えている。
「『ダークサイド』が米最大級のパイプラインを対象に主導したサイバー攻撃のような『身代金』目的の攻撃による被害は国内でも増加している。彼らは資金的な余裕がある攻撃対象を吟味して標的を絞った攻撃を仕掛けるなど、手口は巧妙化、防御の難易度は増している。東京五輪・パラリンピックの開催を控える日本は標的になりやすい状況だと指摘され、対策強化が急務だ」
5月14日、東芝の上場子会社の東芝テックがダークサイドから、企業のシステムに侵入してデータの暗号化で使用不能にし、解除と引き換えに金銭を要求する「ランサムウエア」を用いたサイバー攻撃に遭った。
産経新聞は、こう結んでいる。
「ランサムウエアを使うハッカー集団は中国系や北朝鮮系なども含めて多数ある。国内でも感染報告件数は増加。手口も巧妙化し、以前は無作為にウイルスをばらまき引っかかるのを待つケースが多かったが、近年は要求に応じやすいと判断した企業を絞り、時間をかけて攻撃する『標的型』が主流だ。被害にあった場合は有効な手立ては乏しい。被害公表はセキュリティの甘さを示すに等しく、陰で金銭支払いに応じる事例もある。2018年平昌冬季五輪ではサイバー攻撃で開会式当日にシステム障害が発生した。世界中から注目が集まる五輪は開催国の信頼を失墜させるために狙われやすいタイミングで、東京五輪を控える日本でも被害が懸念される」
外国からの要人一行はコントロール不能
こうした事情に加えて東京五輪の場合、テロやサイバー攻撃を警備当局がいっそう防ぎにくい事情がある。コロナ禍で感染の急拡大の恐れがある一方、医療体制のひっ迫に追い打ちをかけるため、「歓迎されない五輪」として国民世論の反発が非常に大きいからだ。前出の毎日新聞が、こう指摘する。
「五輪の開催に反対する逆風が強まっており、警察内部からは『警備そのものへの批判も強まるのでは』といった声もあがる。テロ対策に不可欠な市民の協力が得づらくなる恐れがある。一方、大会本番中にテロの標的となると懸念されているのは、各競技会場と最寄り駅、その間を結ぶ道のりの3つだ。人が密集するため、厳戒警備が必要になる。しかし、その態勢を左右する国内観客の入場制限は4月中に決まるはずが、6月に結論が先送りされた」
なかでも、特に問題なのが各国要人のスケジュールだ。毎日新聞が、こう続ける。
「新型コロナウイルスの感染状況が見通せず、開会式に出席する各国要人が決まっていないことが懸念材料だ。要人は会場だけでなく、空港や宿泊先など移動先すべてで警備が必要。その人数によって態勢が大きく変動する。警視庁内からは『早めに決めてほしい』との本音も漏れる」
この外国要人に対する警備と感染防止の問題はとくに厄介だ。産経新聞(5月19日付)の「外国要人も自国五輪選手と接触禁止 政府、感染防止へ各国に要請」が、その難しさをこう伝える。
「東京五輪・パラリンピックに合わせて来日する外国要人と随行員に対し、自国も含めて選手と接触しないよう政府が要請している。新型コロナウイルスの感染リスクを抑えるための措置だが、『選手と会えないのなら意味がない』として来日を見送る外国要人も出ている。組織委員会がコロナ対策をまとめた選手向けの『プレーブック(規則集)』で、外部との接触を最小限に抑えるよう定めている。しかし、自国の首脳から面会を申し込まれると、断りにくい事情もあるため、政府は各国に対し、選手との接触を自重するよう求めている」
しかし、各国首脳が守るかどうか不透明だ。産経新聞はこう続ける。
「五輪のため来日する外国要人については別の問題もある。政府は随行員の人数について、元首や首脳級の場合は原則12人、閣僚級は5人までに制限するよう要請しているが、大国の場合はセキュリティなどの観点から(SPも随行するため)困難で、調整が難航している。また、要人一行の感染対策では、外部との接触を遮断する『バブル方式』を採用する見込みだが、自国の駐日大使をはじめ大使館員らとの接触まで強制的に断つのは困難とみられる」
3万人の記者をどうやってコントロールする?
もう一つの大問題が、約3万人とみられる海外からの報道陣だ。政府や組織委は報道陣にも厳しい行動制限を課し、違反すれば「国外退去」を命じるとしているが、記者たちが宿泊先と競技場の往復だけの「缶詰状態」に従うかどうか、疑問視する声が多い。
そんななか、記者たちへの「国外退去」命令は法的根拠が薄いのではないかと指摘したのが東京新聞(5月18日付)「五輪海外メディア『国外退去』は可能? 感染防止、規則違反なら」だ。こう伝える。
「菅義偉首相は記者会見で、海外メディア関係者が新型コロナ感染防止のための行動制限に違反した場合に『強制的に退去を命じることも検討している』と明らかにした。命令の根拠をファクトチェックすると、実効性への疑問が浮かび上がる」
としてこう指摘する。
「首相の言う『強制退去』とは、入管難民法に基づく不正入国者への国外退去命令だ。不正を判断する材料の一つが、政府が新型コロナの水際対策として入国者に提出を求める誓約書だ。東京大会に訪れるメディア関係者向けには、組織委員会が公表した規則集で、滞在場所や移動方法を記した計画書の提出や、市民との接触を最小限にすることを求めている。メディア関係者はこうした規則集の順守を入国時に誓約する見通しだ。誓約に反した場合、政府は退去強制手続きの対象となる可能性があるとしている」
ところが、現在も入国する外国人に対してこうした誓約書を取っているが、全然守られておらず、退去強制手続きも行われていない状態だというのだ。東京新聞がこう結んでいる。
「厚生労働省などによれば、入国者が誓約を守らず、1日当たり数百人の待機場所が確認できないケースが相次ぐ。違反者に強制退去を行った例はない」
1日数百人でもこのありさまだ。数万人が入ってくるのだ。どうやって「国外退去」させるのだろうか。
(福田和郎)