新型コロナウイルスのワクチンの知的財産(特許)をめぐり、米国のバイデン政権が特許保護の一時放棄を容認する方針を打ち出し、世界で議論を巻き起こしている。
途上国に安価なワクチンが行き渡るとの期待があるものの、実効性に疑問符も付く。人類全体として新型コロナウイルスを克服していく道のりは平坦ではないようだ。
世界が驚いた! 知的財産保護に熱心な米国の豹変
問題を整理しておこう。特許、つまり知的財産権は、世界の通商に関わる問題だ。具体的には世界貿易機関(WTO)の「知的財産権の貿易関連の側面に関する協定(TRIPS協定)」で保護される。特許の盗用といった行為を禁じ、公正な取引を守るためだ。
新型コロナウイルスについて途上国などが貧しい国の人々にも安価で必要な量が行き渡るように、ワクチンに関する特許を一時停止するよう提案していた。「世界で最も技術が進んでいる国」といえる米国は従来、自国企業の利益擁護のために、知的財産権の保護に最も熱心で、中国などの知的財産権の侵害に神経を尖らせてきた。
その米国政府が新型コロナワクチンの特許一時停止に同意したのだから、世界が驚いた。
大手製薬会社が反対しているのはもちろんだが、「ファイザー」と組んでワクチンを開発したバイオ企業「ビオンテック」の本社があるドイツをはじめフランスなど欧州が反対している。この手の話は、ふつうであれば先進国対途上国の対立になるのだが、今回は途上国側に米国が付くというかつてない構図になっている。
こうした対立をどう評価するか。ここは慎重にみる必要がある。
特許停止論は、開発したメーカーや、そこからライセンスを供与されたメーカー以外、たとえば途上国の工場でも高額の特許料を払うことなく製造できるようになれば、貧しい国を含め世界の隅々にワクチンが公平に行き渡るという理屈だ。
もちろん、巨額の研究費を投じてワクチンを開発したメーカーは利益を侵害されかねない。特許一時停止を支持するとの米国政府の方針が伝わった5月6日の米株式市場では、ファイザーとモデルナの株価が前日比で一時、それぞれ4%、11%下落したのも、「遺失利益」への懸念が理由だ。メーカーとすれば、「研究意欲がそがれる」との懸念を表明するのも当然だろう。