「楽天モバイルと楽天モバイル元社員に対する訴訟を提起」
「1000億円規模の損害賠償請求権を主張」
ソフトバンクが2021年5月6日に発表した一通のニュースリリースに、モバイル業界が揺れている。
「5G」情報、ソフトバンク経営戦略を揺るがす
騒動のきっかけは、一人のソフトバンク社員が2019年12月31日付で退職してライバルである楽天モバイルに20年1月1日付で転職したことだ。この社員は21年1月、不正競争防止法違反(営業秘密領取)の疑いで警視庁に逮捕され、その後、起訴されている。
ソフトバンクはこの社員が持ち出した営業秘密を楽天モバイル側に伝えていたと主張。情報は楽天モバイルの業務用サーバーに保管され、他の楽天モバイル社員にも開示されていた事実も確認済みだという。
これに対し、楽天モバイル側は社内調査の結果、「ソフトバンクの営業秘密を業務に利用していた事実は確認されなかった」と否定。問題の情報が入った電子ファイルもすでに削除したとしている。
真っ向から対立する両社の主張。しかし、ソフトバンクがここにきて、さらに強硬な手段に踏み切ったのは、社員が持ち出したとされる情報が第5世代通信規格「5G」に関する内容だったことが大きい。
すでに商業利用が始まっている5Gは近い将来、モバイル業界の主戦場となることが確実だ。利用者を囲い込むためにも、通信エリアをいかに拡大するかが各社の喫緊の課題となっており、ソフトバンクも多額の開発費を投じてきた分野でもある。
持ち出された情報は、基地局設備などに関する技術情報とされ、この「虎の子」ともいえる情報がライバルに流出し、基地局建設に活用されたとなれば、ソフトバンクの経営戦略をも大きく揺るがす恐れがあるというわけだ。
ソフトバンク側は訴訟の第1弾として、楽天モバイルと元社員に対して10億円の支払いを請求。同時に、流出した情報によって不当に建設された楽天モバイル基地局の使用を差し止めるよう求めている。さらにソフトバンク側は「1000億円の損害賠償権」があると主張しており、楽天モバイルとの対立が続けば、請求額をさらに上乗せする構えだ。
巨額賠償に基地局の使用差し止め どちらも死活問題の楽天モバイル
この訴訟が両社のみならず、モバイル業界で注目を集める背景には、日本企業同士の訴訟では異例ともいえる巨額の損害賠償請求額であると同時に、請求内容に「基地局の使用差し止め」が含まれていることがある。
後発の楽天モバイルはNTTドコモ、KDDI、ソフトバンクの大手3社に比べて通信エリアが狭く、利用者の獲得に苦戦している。現在は基地局などの多くをKDDIから借りているが、通信エリア拡大のため、基地局の整備など自主回線の増強に力を入れている最中だ。
この状況でソフトバンクの請求が認められ、基地局が使えない事態に追い込まれれば、コツコツと進めてきた自主回線整備の計画に支障が出かねない。文字どおりの死活問題といえるだろう。
楽天モバイルは自主回線の整備などの先行投資を利用者の拡大で穴埋めし、2023年の黒字化を目指しているが、訴訟の行方によっては戦略の根本的な見直しを迫られる恐れもある。
「巨額賠償に基地局の使用差し止め、どちらを認められても楽天モバイルの打撃は大きい。同社にとってまさに正念場だ」。モバイル大手社員はこう指摘し、ライバル同士の訴訟のゆくえを注視している。(ジャーナリスト 白井俊郎)