先般、東芝が英国の投資ファンド、CVCキャピタル・パートナーズから上場廃止に向けた買収提案があったとのニュースで、時の人となったのが、東芝の車谷暢昭社長(当時)でした。
日本経済新聞のスクープに始まったこの騒動でしたが、提案主であるCVCが、車谷氏自身が会長職として東芝入りする直前の所属先であったことから、さまざまな憶測が飛び交かって、結局1週間後に車谷氏が社長交代会見にも姿を見せることなく辞任。それを受けるようにCVCが提案を実質取り下げるに至り、車谷氏の「自作自演」との印象を強くしました。
車谷氏の苦境
この騒動の裏側にあったのは、車谷氏とアクティビスト(物言う株主)たちとの対立でした。問題のアクティビストたちは、東芝が経営危機に瀕していた2017年の巨額損失の処理の際に、6000億円の増資を引き受け株主になった救世主でした。
しかし、彼らの狙いはあくまで東芝再建後のキャピタルゲインです。東芝は車谷体制下のリストラ効果で目先の損益は回復して東証一部への復帰を果たしたものの、株価は一連の不祥事発覚前の水準に比べて1000円以上低い状況に甘んじていることに、不満が募っていました。
その結果、昨年(2020年)の株主総会では、大幅増益の決算後にもかかわらず、車谷氏再任に対する株主の賛成票は信任ギリギリの57%にとどまるという事態でした。その後もアクティビストは、第三者によるガバナンス調査を求める決議を臨時総会に諮り可決。車谷氏の6月の社長継続には黄ランプが灯っていたのです。
車谷氏の苦境は社外だけにとどまりませんでした。東芝社内では2015年の不祥事以降、毎年幹部社員による役員の信任調査が行なわれているのですが、昨年末の調査で車谷氏に対しては過半数が「不信任」という状況にもあったのです。
これは、車谷氏が単に外様トップであるということだけでなく、強硬なコストカットや一部事業の縮小、売却を進めてきたがために、プロパー社員の不平不満がかなり募っていたものと思われます。
このような状況下で株主総会を控えた時期に、車谷氏の古巣であるCVCからの買収提案ですから、報道と同時に「車谷氏が自らの地位を守るべく、後ろで糸を引いてCVCを動かしたに違いない」との観測が、社内や関係者にとどまらず広く受け止められてしまったわけなのです。