「マスクのほね」という商品がSNS上で注目を集めている。その名のとおり、「骨」のように白くて細いマスクフレームで2020年12月に発売された。
使用方法はフレームのフックをマスク中央の両端に差し込むだけ。マスクが立体的になり、口とマスクのあいだに余裕ができるため、呼吸がしやすく、リップを塗っても汚れにくい。ピタッと貼り付かないので、汗ばむ夏も快適に過ごせそう。フレームをつけていることが外から見てもわかりにくいため、どんなシーンでも対応できそうな便利グッズだ。
そして、それをさらに小さくしたのが21年4月発売の「マスクのこぼね」。女性や子ども用の小さいマスクに対応し、こちらも好評だ。
これらを開発したのは、歯ブラシの生産地で知られる大阪府八尾市の武林製作所。歯ブラシの金型製作でトップシェアを占め、過去には大阪府優秀技能者表彰「なにわの名工」の受賞歴を持つ。
ただ、この「マスクのほね」と「マスクのこぼね」は金属製品ですらない。武林製作所はコロナ禍にもかかわらず、新しいジャンルに挑戦したのだ。会社ウォッチ編集部は4月23日、専務の武林広高さん(46)を取材した。
ジムに通う社員が発案
――「金型」というとBtoBがメインのように思いますが、なぜBtoC商品の開発に至ったのでしょうか。
武林広高さん「弊社は1972年に創業し、歯ブラシ用金型の設計製作を主に手掛けてきました。ただ金型は受注生産なので、不安定なところがあります。そんな中で、金型技術を生かした『ITADAKI(いただき)』というオリジナルブランドを2017年に立ち上げました。商品は箸置きやネクタイピンです。
東京オリンピックで、新しくできるホテルやレストランとの商談が進んでいましたが、新型コロナウイルスの感染拡大により、いったん止めざるを得ない状況でした」
――新型コロナウイルスの影響で、金型の受注はかなり落ち込んだのでしょうか。
武林さん「金型は設備投資のようなもので、コロナ禍で世の中の流れが止まると、どうしても抑えられる部分になってしまいます。インバウンドが止まったことで、ホテルやドラッグストアの需要がなくなった。歯科も診察を控えることで、受注が減ってしまいました」
――大変な状況ですね。そんな苦しい状況の中で、新商品の開発をしようと思ったのはなぜですか?
武林さん「耐えるしかないという状況でしたが、ただ我慢するだけじゃどうしようもないなと。会社を継続させるために何ができるかというと、やっぱり金型を作ってきた技術、それを生かして新型コロナウイルスに立ち向かうことができないかと考えました」
――社員一丸となって考えたのですね。
武林さん「まずは『ITADAKI』の商品開発チームで始めたのがスタートです。世の中に役に立つものや、世の中にないものを思案しましたが、なかなか簡単に出てこない。最終的には18人の社員全員で考え、家族の協力も得ながら数十案のアイデアを出しました。
そんな時に、ある社員が提案したのがマスクフレームです。その社員はスポーツジムに通うのが日課。ジムではマスクが義務づけられており、運動するととても苦しいため、こんなフレームがあったらいいなと思っていたそうです」
――そこから「マスクのほね」の開発に至った。
武林さん「金型は一回つくるのに何百万円とかかるため、まずは試作モデルを作り、市場調査をしました。購入者からは『とても良かった』『こんなの探してました』という声が寄せられる中で、医療従事者の方から追加購入の依頼がありました。なんでこんなにたくさん買ってくれるんだろうと思って聞いたところ、『みんなマスクで大変な思いをしているので、同僚に分けたい』と。その同僚の方からも別で注文いただいて、知り合いや家族に口コミでどんどん広まりました」
――医療従事者の方に、特に喜ばれたんですね。
武林さん「意外でしたが、一番困っている医療従事者に必要とされたことが、心に響きました。こんなに喜んでもらえるなら、作る価値があるのかなと。数はそんなに売れなくても、そういう人に届けばいいなと思いました」
大好評で年末年始も出社
――「マスクのほね」の特徴を教えてください。
武林さん「商品名は社長が試作品を見たときに『骨みたいやな』と言ったのがきっかけで『マスクのほね』に決まりました。横幅175ミリの不織布マスクに対応しています。高さは6ミリで、通常より強度がある素材を使用し、消耗品ではありますが長く使えるようになっています。世の中を回すために病院や工場などの現場に届けたいという想いから、10、50、100本の3パターンで販売しています」
――どのような手順で、製作を進めていったのでしょう。
武林さん「11月くらいに『マスクのほね』を作ろうと決めましたが、弊社の場合は金型を作るのにおよそ2か月かかります。正月になると感染者が増えて間に合わないと思い、1回の成型で1、2本しかつくれないけど、すぐにできる試作用の金型を使いました。
12月の販売には間に合いましたが、反響が大きかったので瞬く間に完売し、足りなくなりました。なので年末年始も出社して、自分たちで成形して梱包して出荷。全然間に合わないので社員の家族にも手伝ってもらいました」
※現在は他のメーカーが成形以降を手掛けている。
――今年(2021年)4月には「マスクのこぼね」を発売しました。こちらはどのような経緯で開発したのでしょう。
武林さん「『マスクのほね』に対するメッセージの中で、一番多かったのが女性ユーザーからの『小さめサイズが欲しい』という声でした。ですが『マスクのほね』は反響がすごかったので、生産が追い付いてなかった。今でも精いっぱいなのに、さらにやるのは無理じゃないかと思いましたが、多くの方々に労いの言葉をいただく中で、いち早く作って届けることが大事だと考え決断しました」
――「こぼね」の長さは145ミリ。「ほね」と変更した点はサイズだけでしょうか。
武林さん「ほねの長さを短くするだけだと、口元の空間が狭くなります。ですが空間を作ろうと幅を狭めると、ほねが頬に刺さる。私たちの妻や娘にも試着してもらいましたが、顔の大きさは人それぞれ違うので、万人にフィットするものは難しかったです。最終的にはフレームの端を外側に広げて、頬に沿うようにしました」
――小さいサイズならではの工夫がされているのですね。試作品も結構作ったのですか。
武林さん「『マスクのほね』は、数えきれないほどトライ&エラーをやっています。当初は倍の厚みがありましたが、いい素材を使ったので薄くできました。
『マスクのこぼね』のトライ&エラーは14回です。本当は何十回もできたら確実なものになりますが、『マスクのほね』のように8か月かけていては、絶対に間に合わない。そういう意味では、14回は必死にやった結果です」
「お客さんに原料を仕入れてもらった」
――「マスクのほね」づくりで、金型製作の技術を生かした点はどこでしょう。
武林さん「フックのすきまのところに薄い鉄を残すのが、とても難しいです。薄いほねでしっかりホールドするには、その隙間をゼロに近づける必要がある。フレームは金型に樹脂を流して作りますが、金型の鉄に何百トンという圧力がかかります。それでも曲がらないのが、うちの金型の技術です」
――「マスクのほね」の製作を経て、会社として学んだことはありますか。
武林さん「歯ブラシの金型を50年近くやってきて、こんなに受注が落ち込んだことはなかったです。その中で、金型技術を使って作った商品が、こんなに喜んでもらえたことにいろいろな学びがあったと思います。金属とプラスチックでバラバラなことをやっているように見えますけど、根底にあるのは金型の技術。コロナ禍であっても今まで築き上げてきた技術は不変で、どんな状況であっても変わらないと思います」
――自社の金型技術を再認識したということですね。
武林さん「うちだけの力ではないと思っています。注文が予想以上に入ってきた時に、本来はお客さんである成形メーカーに助けてもらいました。原料が手に入らなかった時に、何とか仕入れてくださって。お客さんに助けていただけるイメージがあまりなかったので、とてもうれしかったです。自分たちがやってきたことが間違っていなかったと思えました」
――今後もBtoC商品をつくる予定はありますか。
武林さん「明確には決まっていませんが、金型の受注は浮き沈みがあるので、それを安定させるために自社発として発信することは大事だと思います。今回を経験したことを金型づくりに反映することで、助けていただいたお客さんに返せたらと思っています」
(会社ウォッチ編集部 笹木萌)