企業が買収した他社の経営に失敗して多額の損失を被ることは、さほど珍しいことではないだろう。その企業の株価は下がり、経営陣は株主総会で批判を浴びることになる。
だが、国が100%出資していた企業が買収に約6200億円を投じた末に失敗したら、話は違ってくる。しかも、株式上場を控えた微妙なタイミングの買収決定だった。その企業は、現在も国が6割超の株式を保有する日本郵政。過去の失敗の後始末を迫られている。
かつては日本郵便の将来を託していたトールHD
日本郵政は、傘下のオーストラリア物流子会社トール・ホールディングス(HD)の貨物輸送事業を約7億円で現地の投資ファンドに売却する、と2021年4月21日に発表した。完全子会社の日本郵便を通じて2015年に買収したものの、その後の資源価格の下落でオーストラリア経済が低迷し、物流が期待したように伸びなかった。
トールHD自体も買収を積み重ねてきた経緯があり、組織が複雑になって経営改善にてこずった。
日本郵便の衣川和秀社長は「買収時に経済状況などを厳格に見るべきだった」と反省の弁を述べたが、事実上の「損切り」に追い込まれた。今回の売却によって、日本郵便は674億円の特別損失を計上する。ただ、トールHDの国際部門は日本郵便の傘下に残る。
ボロボロになったトールHDだが、かつては日本郵政が将来の成長を託していた。郵政民営化に伴って2007年に発足した日本郵政グループは、東日本大震災の復興財源に充てるために持ち株会社の日本郵政を上場させ、国が株式を売却することを決めていた。
ただ、インターネットの普及で郵便事業が先細りなのは明らか。銀行事業や保険事業も「親方 日の丸」の体質が染みついており、自前で資金を運用するノウハウさえ乏しかった。
つまり、日本郵政グループの成長は期待しにくく、上場したとしても投資家がこぞって買い求めるとは考えにくかった。そこで買収したトールHDを足がかりに物流事業を国際展開して、新たな収益源に育てよう――当時の経営陣の目論見だ。
大丈夫か!? 抜けない「親方 日の丸」気質
日本郵政がトールの買収を決めたのは2015年2月。その年の11月には、日本郵政と傘下のゆうちょ銀行、かんぽ生命保険がいずれも東証1部に上場した。
買収を決めた当時の日本郵政社長は、東芝の社長を務めた西室泰三氏(2017年死去)。西室氏ら数人の幹部で決定し、当初は経営会議にも諮らなかったとされている。
買収金額についても、当時から「高値づかみ」との批判があった。そもそも海外企業を買収して、経営しながら組織を改め、企業価値を高めていくノウハウなど、「親方 日の丸」が染みついた日本郵政にあろうはずもなかった。トールには当初見込んだ価値が期待できなくなり、2017年3月期には4000億円を超える減損処理を強いられていた。
日本郵便の傘下に残ったトールHDの国際部門の実質的な価値は、ほぼゼロまで落ち込んでいる。今後のトールの経営戦略について、衣川社長は「時間をかけて議論していく」としか述べず、事実上お手上げ状態になっている。
日本郵政グループでは、不正が相次いで発覚した簡易保険の販売を再開したばかりだが、「本業」でさえ満足に運営できていなかったのに、海外のやっかいな事業の立て直しが果たして可能なのか――。約40万人が働く巨大組織は、発足から10年以上を経ても迷走が続いている。(ジャーナリスト 済田経夫)