「手をこまねいていれば大都市の感染拡大が国全体に広がることが危惧される。『再び宣言に至らないよう全力を尽くす』と言ってきたが、みなさんにご迷惑をかけ、申し訳ない」
菅義偉首相は2021年4月23日、3度目となる緊急事態宣言の発令を受けた記者会見で、こう謝罪を繰り返した。
会見では、五輪開催への影響や病床数確保の遅れなどに関し厳しい質問が相次いだが、首相はあいまいな答弁を繰り返した。
その中で、ただ一つだけ明確に言い切った答弁がある。それは......。
菅首相、補正予算は「考えていない」ときっぱり
記 者 「財源確保のため、補正予算を編成するのか」
菅義偉首相 「考えていない」
しかし、明確な発言は菅義偉首相の不安な心理をカモフラージュするものだった可能性がある。言葉とは裏腹に補正予算を求める外部圧力が、菅政権を徐々に追い詰めているのだ。
新型コロナウイルス対策を盛り込んだ2021年度当初予算は一般会計総額106兆円超と、過去最大に膨らんだ。
当初予算には、政権の判断で国会の審議を経ずに軌道的に支出できる「予備費」が5兆円も計上されており、首相周辺は、
「新たな対策が必要になれば、予備費を使えばいい。わざわざ補正予算を組む必要はない」
と、繰り返してきた。
予備費は確かに使い勝手がいいものの、大きな弱点がある。使途がコロナ対策に限定されていることだ。
年内に行われる衆院選をにらむ与党内は「早期に選挙の目玉となる政策を打ち出す必要がある」(自民党中堅)と焦りを強める。コロナ対策以外の新たな目玉政策に実効性をもたせるには補正予算の早期編成が必要になるという構図だ。
こうした与党の動きに、政権、そして財務省は警戒を強めている。背景には昨年(2020年)の苦い記憶がある。
コロナ対策の強化を求める与党の声に押され、20年度は3度にわたって補正予算を編成。国民一人当たり10万円を配る特別定額給付金など「効果が疑わしい」(財務省幹部)事業を次々と飲まされたあげく、ただでさえ深刻な国の財政事情は加速度的に悪化した。
「昨年と同じ轍は踏まない」という政権内の空気が、補正予算の早期編成を強く否定する菅首相の発言につながったのだろう。
財務省冷や汗 近づく予備費が枯渇する日
しかし、緊急事態宣言に追い込まれたことで政権の計算は狂い始めた。緊急事態宣言に伴い、対象地域の飲食店や娯楽施設などは休業、営業時間短縮など厳しい対応を強いられている。こうした店舗に協力金を支払うには、予備費を取り崩して財源を確保するしかない。
「現在の対象地域、期間だけでも最低1兆円の予備費の活用が必要になる。対象地域拡大などに追い込まれれば、さらに膨らむ」。官邸周辺は予備費が想定以上に早く枯渇する可能性に焦りを強めている。
これに対し自民党は子供に関する政府の政策を一元的に担う「こども庁」の創設を総選挙の公約に掲げる方針を打ち出すなど選挙対策に邁進している。
二階俊博幹事長は4月26日の記者会見で「こども庁をやっていくためにはどういうことが必要か。それに対する財源の捻出ぐらいは与党の責任で必ず実行する」と、大見栄を切ってみせた。
25日に投開票された衆参3選挙区の補欠選挙・再選挙は与党の全敗に終わった。このことも首相の発言力を弱め、与党の要求が強まる結果に影響するのは確実だ。
補正予算は「考えていない」と言い切った菅首相の決意は、「再び宣言に至らないよう全力を尽くす」という発言同様、早期撤回に追い込まれかねない。(ジャーナリスト 済田経夫)