「週刊朝日」や「アエラ」を発行する朝日新聞出版は、朝日新聞出版局、出版本部を経て、2008年に子会社として独立した。出版社としても、年間500冊を刊行、売上高110億円(2020年3月期)とベストテン入り目前の規模である。
そんな青木康晋社長にとって、大切な一冊を挙げていただき、本の話題で語っていただいた。
政治家が好んで読んだ司馬遼太郎さん
――1981年に朝日新聞社に入社されました。在籍中の最大の出来事は何でしょう。
青木康晋さん「2011年の東日本大震災の時に、仙台総局長として仙台にいたことです。自分が新聞記者になったのは、このためだったんだな、と思い定めました。運命だったというか。災害・復興報道に全力を尽くしました」
――出版社の社長さんですから、自社の本になるかもしれませんが、愛読書を教えてください。
青木さん「いつとは言えませんが、左遷され、仕事がなかった時に読破し、力をもらったのが、司馬遼太郎さんの『竜馬がゆく』(文春文庫)です。なにぶん仕事がないもんですから、会社の机で全8巻を読みました。竜馬はへこたれないんですね。『男は危機に立ってはじめて真価の分かるものだ』とか『事をなさんとすれば、智と勇と仁を蓄えねばならぬ』とか、竜馬は名言をいっぱい吐くわけです。自分の境遇を憂えない。常に明日のことを考える。そんな竜馬に励まされました。
新聞時代は政治部が長かったんですが、政治家は意外と読書家が多いんですよ。本の話になり好きな作家は? となると、司馬さんという人が非常に多い。登場人物が悪役も含めて魅力的なんですね。それぞれ意志を持って時代を創るところが、政治家に好まれるんだと思います」
――司馬さんと言えば、亡くなった後も「週刊朝日」で「街道をゆく」に関連した連載が今も続いていますね。
青木さん「『街道をゆく』は歴代の担当者がいて、最後の担当が私と同世代なんです。彼が司馬さんの講演記録とか司馬さんの言動をもろもろまとめて連載を書いています。没後20年以上になりますが、『週刊朝日』は、今も司馬さんで食っているところがありますね。それくらいファンが多いんです」
「じつは、『司馬遼太郎記念財団』がありまして、日本の作家でこういうケースはないんですが、出版社や作品をドラマ化したNHKも含めて11社が司馬さんの功績を残そうと運営しています。各社の社長クラスが理事を務め、私もメンバーの一人です」
――愛読書を、もう一冊挙げると何でしょうか。
青木さん「大学に入った頃、読んで感動したのが、手塚治虫さんの『火の鳥』です。いくつかの版がありますが、私が当時読んだのは、大判の朝日ソノラマ版でした。朝日ソノラマは2007年に会社が清算され、いったん朝日新聞社に引き継がれ、その後、朝日新聞出版に。『火の鳥』は未完だったんですが、手塚さんが3枚の梗概メモを残していて、それを基に桜庭一樹さんが続編を小説の形で描き、2019年4月から20年9月まで、朝日新聞の『be』に連載し、今年(2021年)3月10日に上下2巻本として、朝日新聞出版から刊行しました。若い頃に読んだ本を自分の会社が引き継ぐことができて、幸せです。なにぶん、出版社社長なので、自社の本を挙げることをお許しください」
社風が180度変わった
――ところで、朝日新聞出版は、朝日新聞から独立しましたが、何か変化はありましたか。
青木さん「7年ぶりに新聞から出版に戻ったんですが、180度変わったと言ってもいいでしょう。社風が変わりました。他の出版社から新しい人を採用し、その分新聞社からの出向者が減り、血中ビジネス濃度が変わりました。以前は採算を度外視しても『いい本』を出そうという会社でしたが、今はベストセラーを出そう、みんなで稼ごうというマインドがあふれています」
――単に売れればいいということでは、問題もあるのではないでしょうか。
青木さん「2012年、橋下徹・大阪市長(当時)の人権にかかわる差別的な記事を『週刊朝日』が掲載し、その責任を取り、当時の社長が辞任。その後に私が着任しました。反省を踏まえ、『何のために本を作るのか?』ということを社員に問い直しました。いまのコロナ禍もそうですが、人々が不安な時こそ、正しい情報と心の豊かさが求められているのではないか。我々は言論機関であり、文化産業なんだと。社内でスローガンを募集しました。そこで採用されたのが、名刺にも刷っていますが、『すべての人に、価値ある一冊を』というものです」
――経営者として影響を受けた本は何でしょうか?
青木さん「マキャベリの『君主論』かな。リーダーは『愛されようと思うな。しかし、憎まれてはいけない』とか、『忍耐強い聞き手であれ』『決めたらぶれるな』などの言葉を噛みしめています」
――ところで、本はいつ読まれているんですか? 出版社の社長だから、今は会社の机上で堂々と読んでも問題はないでしょう(笑)。
青木さん「いやいや、会社にいる時はやることが山のようにありますよ。とても本は読めません。もっぱら、通勤途中の電車の中で30分くらい。あとは家で深夜読みます。ほとんどが自社の本ですが。自分の愉しみのための読書はできませんね」
――御社の最近のトピックスは何でしょうか。
青木さん「『ゲッターズ飯田の五星三心占い』です。2020年度、弊社でいちばん売れたシリーズです。現在、166万5000部。前年までセブン&アイホールディングス傘下のセブン&アイ出版が出していましたが、同社の会社清算により、大手数社と争奪戦の末、弊社が獲得しました。JRの女性専用車両を占有しての宣伝などの効果もあり、前年の2倍近い売り上げになりました。ゲッターズさんの占い本は読むと『竜馬がゆく』と同様、元気が出ますよ」
現在ヒット中の「ゲッターズ飯田の五星三心占い 2021年」は、人によって本が異なる。青木さんは、記者の生年月日を聞くと、いったん社長室に戻り、「それならこれです」と記者が該当する本を持ってきた。
読んで、蒼ざめた。基本的な性格から、昨年以来の仕事運、金運などが恐ろしいほど当たっている。運気が良くない年だが、どうすればいいのか、読む人を励ますような筆致で書かれているのが、読者の心をつかんでいる秘訣だと思った。(渡辺淳悦)
プロフィール
青木 康晋(あおき・やすゆき)
朝日新聞出版代表取締役社長
1959年愛知県生まれ。81年早稲田大学政治経済学部卒、朝日新聞社入社。岐阜、伊勢(三重県)、名古屋本社社会部勤務のあと、東京本社政治部で竹下登首相番記者、自民党担当キャップなど。2004年週刊朝日編集長、06年土曜版「be」編集長、08年オピニオン面編集長。11年の東日本大震災のとき、仙台総局長(東北取材センター長)。北海道支社長を経て、12年12月より現職。
現在、日本出版クラブ理事、日本雑誌協会監事、司馬遼太郎記念財団理事。