東京五輪・パラリンピックまで、あと90日を切るなか、呆れたバトルが始まった。政府の責任大臣である丸川珠代五輪担当相(50)が、主催者である東京都の小池百合子都知事(68)に対し、
「東京都の新型コロナ対策の医療体制はどうなっているの!」
と噛みついたのだ。
2人は5年前の都知事選から「犬猿の仲」で知られるが、背景には都議選への思惑もあるという。いったいどうなっているのか――。東京五輪は、本当にやる気があるのか!
共産党機関紙のスクープがバトル勃発の引き金
事の発端は、日本共産党の機関紙「しんぶん赤旗」の2021年4月25日付のスクープだった。「看護師『5日以上を500人』五輪組織委が看護協会に要請 本紙入手の文書で判明」という見出しをつけ、東京五輪パラリンピック組織委の「大会運営局メディカルディレクター」から日本看護協会の福井トシ子会長に宛てた要請文の写真付きで、こう報じた。
「組織委が日本看護協会に看護師約500人を大会の医療スタッフとして動員するよう要請したことが4月24日、本紙が入手した組織委の文書から判明した。新型コロナ感染拡大で地域医療に余裕がなくなっているなか、五輪に看護師を大量に動員すれば、医療現場の疲弊がさらに強まる。要請は4月9日付。組織委は五輪の競技場などに医務室を設置し、医療スタッフを配置する計画。政府は大会期間中に医師、看護師など約1万人の医療スタッフを必要としている。要請文によると、『看護職の確保が不十分な状況に至っております』と説明。全国から看護師約500人を集めるよう求めている」
活動場所は競技会場、選手村の総合診療所(発熱外来含む)、選手村分村、宿泊療養施設など。参加日数は原則5日以上。早朝、深夜も含め、1シフトあたり9時間程度としている。〈参加要件・待遇等〉には、交通費や食事の提供についての記載があるが、報酬については一切記されていない。また、大会前の5~7月に予定されている役割別研修の参加は「必須」とも書かれていた。
それにしても、日本最大の看護職団体である日本看護協会に看護師の派遣をお願いするにあたり、橋本聖子・組織委会長や武藤敏郎・事務総長の名前ではなく、「大会運営局メディカルディレクター」という1部門の役職名で要請文を出すとは、ずいぶん高飛車で失礼な話だ。
しかも、要請文を出した4月9日ごろは、大阪府の1日の新規感染者が900人を突破。医療体制が危機的状況になったタイミングだ。その3日前の4月6日に大阪府看護協会が看護師約100人を急募し、翌7日には大阪府が独自に「医療非常事態宣言」を発出した時期である。
日本共産党はコロナ禍の中での東京五輪開催には反対の立場で、志位和夫委員長はたびたび記者会見で「中止」を訴えてきた。このスクープ記事の末尾に現職の看護師のこんな談話を掲載した。
「大阪では感染拡大で命が救えない状況に直面しています。看護協会は大阪に看護師を応援に出そうとマネジメントをしていますが、それがどれだけ大変か。医療の現場では1、2人の派遣であっても『支援頑張ろうね』と絞り出すようにして送り出しています。これからワクチン接種もしていきます。そんな中で、海外から多くの選手、関係者が来たらどうなるか。この方たちが発熱したら外国語での対応など大変な作業になります。私たちの目の前には病気になっている人がいます。『オリンピック成功のため』という理由で、苦しんでいる患者さんの前から看護師がいなくなっていいのか。オリンピックは中止すべきです」
医療危機なのに五輪に看護師を引き抜くとは
多くのメディアが「しんぶん赤旗」の後追い記事を報道。組織委は批判にさらされた。翌4月26日、組織委の理事会が開かれ、終了後、武藤敏郎・事務総長が記者団の質問の矢面に立たされた。その時の模様をデイリースポーツ(4月26日付)「東京五輪避けられぬ医療負荷...反発必至 組織委『シフトで対応』も『バイトじゃない』が、こう伝える。
「武藤敏郎事務総長は『この度、日本看護協会に500人の確保を検討していただけるようにお願いをした』と認めた。新型コロナの感染拡大で医療体制の厳しさは増しており、大会側が『引き抜く』形になれば世論の反発は必至。武藤事務総長は『地域医療に悪影響を与えない必要がある。そのためにはどうするか。勤務時間やシフトを相談しながら、最も対応可能なやり方を考えたい』と説明したが、国民の理解をどのように得るか? との問いには『地域医療への悪影響は避けなければいけない。どのように折り合うか。先ほども言ったとおり、時間とシフトで対応していけるのではないか』と重ねるだけだった」
デイリースポーツはこう続ける。
「『シフトで対応』発言には、医療関係者からは『バイトの穴埋めじゃないんだから』との批判の声も上がる。海外メディアからも『選手は毎日PCR検査を受けるというが、計算すると数万件になる。どうやって医療体制の負担をなくすのか。五輪がなければ、その分、リソース(資源)を利用できる』と問われたが、武藤事務総長は『原則としてアスリートは入国後、一定期間毎日検査できれば望ましいが、滞在中毎日する必要はないだろうと思う。件数についても考えて、実現可能なやり方を考えたい』と説明。水面下で看護協会と交渉に入っていたことについて、透明性を問われた武藤事務総長は『事前にオープンにするようなことではない。通常ルートでの相談』と話した」
このような武藤事務総長のあいまい、かつ無責任な説明で納得するメディアは少ないだろう。メディアの追及の矛先が、政府の東京五輪の責任者である丸川珠代・五輪担当相に向かったのは当然だった。
丸川大臣「小池都知事が何の手も打たないから」
翌4月27日、閣議後の記者会見で丸川五輪大臣は記者団から「日本看護協会に500人派遣要請」の真意を聞かれた。すると、唐突に東京都の小池百合子知事の名前を持ち出し、「小池都知事が何の医療体制の手を打たないから、看護協会に派遣を要請する羽目になった」と、小池都知事に責任をなすり付けるかのような発言に終始したのだった。
デイリースポーツ(4月27日付)「医療体制巡り内輪もめ 丸川五輪相が都批判『具体策、お示しいただいていない』」が、丸川五輪大臣の「異様な会見」の模様をこう伝える。
「丸川珠代五輪相が4月27日、閣議後の定例会見を行った。組織委員会が日本看護協会に大会の医療スタッフとして看護師500人の確保を要請。3度目の緊急事態宣言のなか、世論の反発を招いているが、『要請は承知している。ピークの日で1日400人の看護師が必要ということだったので、そこから考えて削りこんで本当に必要な人数を精査して、看護協会にご相談しているのだろう』と説明した。一方で、政府としての支援を問われると、突如として東京都に対する不満が溢れ出た」
丸川五輪相は、記者団から政府の責任を問われると、小池都知事を引き合いに出して滔々とこう述べたのだった。
「まず今後、(どれだけの医療者が)必要になるかを東京都に示していただきたい。私が知る限り、東京都がこの厳しいコロナの状況で(大会を)開催するのに、どのように取り組んでいくのか、具体的なことを私たちにお示しいただいていない。残念ですけど、感染症の専門家にご相談しているのかも明確ではない。現場を預かるのは東京都ですから、現場の状況を一番分かっている。この感染状況を打開するために何ができるか。どういう(医療)資源があるのか。東京都が一方では大会の主催者であり、一方では医療の現場を預かっている。この両方の責任をどのように果たすのか、明確な発信なり、方向性なりを示していただかないと、私たちもどのようにご支援していいのか、非常に戸惑っています」
と、具体策を示さない小池都知事に怒りをぶつけたのだった。
さらにこう付け加えた。
「じつは投げかけはさせていただいている。私も懸念しているので。内々的には事務方を通じて投げかけをさせていただいているが、いまだ明確に『私たちとしてはこうして感染状況を抑えたいので、こうしたい』という声が何も届いていないのです」
デイリースポーツは、こう結んでいる。
「2016年の都知事選で、(小池氏と)別の候補を応援したことから犬猿の仲ともささやかれる丸川五輪相と小池百合子知事。大会まであと3か月を切るなか、突如として内輪もめが露呈した」
(福田和郎)