観光地などで休暇を楽しみながら、リモートワークする「ワーケーション」。コロナ禍でテレワークが普及したことにより、こうした働き方に企業や働き手からの注目が集まりつつある。
一方、観光や移住の促進に力を入れてきた自治体の中には、観光客(交流人口)や移住者(移住人口)だけでなく、地域と多様に関わる「関係人口」を増やすことにつながるワーケーションの誘致に取り組む動きもある。
今回、そうした自治体の一つ、富山県が初めて開催したワーケーションのモデルツアー(企画・運営はまちづくり会社TOYAMATO)に、J-CASTニュース 会社ウォッチ編集部のライターが参加。2泊3日の体験をレポートする。
〈Day 1〉東京や大阪の企業から8人が参加
電鉄富山駅から、富山地方鉄道本線で30分ほどの場所にある上市(かみいち)町のゆのみこ(湯神子)温泉が、今回のワーケーションツアーの滞在場所。立山黒部アルペンルートの入口でもある立山町に隣接し、近くには立山博物館や大岩日石寺など、観光スポットが点在している。
2021年3月17日夕方、ゆのみこ温泉のロビーに参加者が集合するところからツアーはスタート。東京や大阪に本社を置く企業で、新規事業や人事、開発などに携わる8人が集まった。仕事で参加した人、有給休暇を取得してやって来た人。ワーケーションの経験者もいれば、初めての参加者もいて、メンバーのバックグラウンドもさまざまだ。
夜、立山町にある築130年の古民家をリノベーションした「埜の家(ののいえ)」に移動。地元・上市町の方たちや、富山県に移住したみなさんとの交流会に参加した。ちなみに、この埜の家は一棟貸しの宿泊施設で、ワーケーション施設や移住者向けのイベントなどにも利用されているという。
交流会は食事を囲みながら、数年前に移住した家族や、和紙職人の川原隆邦さん、立山町で「ヘルジアン・ウッド」という新しい村づくりを進める前田薬品工業の前田大介社長や、廃校になった学校を再生するプロジェクトに参加しているIT企業のみなさんが参加しており、県と民間企業、移住者や地元住民の方々が連携して、ワーケーションという新しい取り組みをこしらえていく、その熱量を感じた。
〈Day 2 am〉リモートワークはネット環境がカギ!
2日目は終日フリータイム。テレワークで会社の仕事をしてもよし、TOYAMATOが企画するアクティビティに参加してもよしということで、午前中はテレワークで仕事、午後には二つのアクティビティに参加することにした。
さっそくデスクに向かうと、気になったのがテレワークには欠かせないネット環境。富山県では公衆無線LAN「TOYAMA Free Wi-Fi」の整備を推進しているが、此処、ゆのみこ温泉では、滞在した2階の部屋で支給されたポケットWi-Fiを使ったら、ノートパソコンがサクサク稼働。通信環境の不安もなく仕事ができた。
ただ、仕事をしながらも、温泉に入りたくてソワソワ。せっかくの富山なので、温泉も満喫したいし観光もしたい、とアクティビティの誘惑にかられてしまった(笑)。
しかし、仕事を持参したほとんどのメンバーは、在宅勤務となんら変わらず、バリバリ仕事をこなした。
ハウス食品株式会社の労務課労務企画チームのチームマネージャー、茅根孝太郎(ちのね・こうたろう)さんは、「ズームでのミーティングも、いつもの在宅勤務となんら変わりありませんでした。年度末だったこともあり、かなり多忙で、せっかくの富山なのに、日頃のルーティンワークをこなすだけになってしまったのが反省点。持ち込む仕事を、もう少し工夫したほうが良かったと思いました」と話す。
ライオン株式会社で新規事業の立ち上げ支援やプロジェクト管理を担当している、ビジネスインキュベーション部長の藤村昌平(ふじむら・しょうへい)さんは、「海外とのやり取りもあり、朝早くから夜21時まで、ずうっとミーティングなどが入っていたのですが、いつもと変わりなく仕事ができました」と、満足したようす。
一方、ポケットWi-Fiでは心もとないと、クルマで30分ほど行った滑川のコワーキングスペースで仕事を進めたのが、株式会社スカラパートナーズの共創事業部長、村松知幸(むらまつ・ともゆき)さん。ふだんは在宅勤務か、東京・渋谷のヒカリエにあるオフィスに勤務。仕事は、企業と全国のワーケーション施設のマッチング支援で、地方でのリモートワークは慣れたもの。「非日常の連続で五感が刺激されて、脳がすごく活性化した感じがします」と、快適だったそうだ。
〈Day 2 pm〉Iターン夫婦が発信する富山の魅力
午後は楽しみにしていた、観光スポットを訪れるアクティビティに参加。富山県は、立山連峰の豊な自然に恵まれているイメージがあるが、そんな雰囲気をふもとの近くで味わうことができるのが、この大観峯トレイルだ。
標高325メートルの大観峯展望台から下る約2キロメートルにわたる藪の道を、埜の家のマネージャーの佐藤将貴さんが、2020年に半年間かけて、のこぎり1本で道を切り拓き、マウンテンバイク用の道として再生した。
佐藤さんご自身も、7年前に奥様のみどりさんとともに、Iターンで富山に移住した一人。「今後は、複数のトレイルを整備してつなげたり、電動マウンテンバイクのレンタルを始めたりするなど、里山の魅力を知ってもらえるように取り組んでいきたい」
と語っていた。
奥様の佐藤みどりさんは陶芸家で、その工房を見学した。みどりさんは埼玉県で陶芸家として活動していたが、2014年に立山の地域おこし協力隊として、家族と一緒に移住。「立山Craft」の発案者でもある。
「立山Craft」は、2015年から毎年、全国から多くの作家を招いて、陶芸や木工、金属などの作品を展示販売するクラフトフェア。「立山町は、越中瀬戸焼とよばれる陶芸グループの拠点や、伝統の和紙を作る川原製作所もあり、モノづくりが盛んな地域」と、みどりさん。そんな土地柄もあり、立山Craftは、今では1万5000人が参加する富山最大のクラフトイベントになっている。
この日は、工房で陶芸の焼き釜を見せてもらいながら、富山の住宅事情や冬の過ごし方など、移住生活のことも教えてもらった。
参考リンク:「立山Craft」イベント案内(NPO法人立山クラフト舎)参加者の一人で、2日目午前中のアクティビティで立山博物館を訪れたライオンの藤村さんは、
「富山は、ずうっと川の氾濫と治水に取り組んできた歴史があり、今もまだ続いているということを知った。ライオンの事業は、きれいな水がないと成り立たないが、水は半ば当たり前のようにあるものだと思っていた。しかし、こうした地域の人の治水の取り組みがあって、自分たちの事業が成り立っているということに気づかされた」
と話した。アクティビティも、「地域を知る」機会として貴重な時間なのだ。
〈Day 3〉意見交換会でわかったワーケーションの「意義」
最終日は、今後の100年を見据えた村づくり計画を進めている前田薬品工業の前田大介社長から、村づくりの経緯や理念について話を聞いた後、3日間の滞在で参加者が感じたこと、今後のワーケーションのアイデアなどを話し合った。
スカラパートナーズの村松さんは、「実際にワーケーション関連事業を担当しているので、『ここはこうしたほうがいいんじゃないか』といった具体的なビジネスのアイデアがたくさん浮かんできて、まさに創造力が増した感じでした」と、充実した3日間だったという。
「電車を降りればノスタルジックな風景が広がり、現地では『ヘルジアン:ウッド』の村づくりを進める前田さんや、埜の家のマネージャーでマウンテンバイク・トレイルを整備した佐藤さんのような、先々を見通して実行しているリーダーと話ができました。大いに刺激を受け、将来への想いを分かち合って、何かを一緒につくりたいという気持ちが芽生えました」
と、力強く語る。
ハウス食品の茅根さんは、
「移住者や企業の方々と話す中で、地域の課題やみなさんがどんなことを考えているのかということを知りました。ワーケーションは、ただ現地で仕事をするとか社内のチームビルディングができるというだけではなく、一緒に地域の課題解決に取り組んだり、地域の人たちとどう関わったりするのかということが、その土地を訪れる理由になると感じましたし、人との交流を通じて、人材の育成などにつながる可能性もありそうです」
と、期待する。
「雄大な自然」「文化や人々の暮らし」「地域の人との触れ合い」といった富山の魅力を、新たに発見。その一方で、「ネット環境の整備」や「交通手段が限られること」「食堂やお店の情報がほしい」といった課題が明かるみに。今回のワーケーションツアーを催した富山県総合政策局、移住UIJターン促進課課長(当時)の山本美稔子さんは、
「ふだん住んでいる私たちが気づかない富山の魅力や課題、ワーケーションのアイデアを得ることができました。今後は、廃校を再生した場所での親子ワーケーションツアーなども開催していきたいですね」
と話した。
2泊3日という短期間の滞在だったが、最近、仕事で家にいることが多かったので、温泉あり自然あり、人との交流あり、仕事ありと久しぶりに活動的で刺激の多い時間を過ごした。富山の土地や人の魅力がわかってきたところでツアーが終わってしまい、少し残念。それでも、まさに「関係人口」としてまた戻って来ることができればいいな、と思った。
山本さんによると、「実際に県外企業が富山にサテライトオフィスを設置し、地元の課題解決を一緒に解決するケースも出はじめています」とのこと。今後の富山のワーケーションの広がりに注目していきたい。
(戸川明美)