谷崎潤一郎「お艶殺し」の初版本の美しさ
2階で扱う商品は幅広く、三島由紀夫の肉筆原稿から本居宣長の書き残した即吟、その他書簡や色紙なども数多く展示されている。筆者の文字やメモ書き、悩んだ末に消されたのであろう修正部分などを実際に見ていると、書き手の温もりをほのかに感じられるような気がする。
資料館の展示品にはない、不思議なリアリティがあるのだ。収集家をかき立てるものは、こうしたワクワクする心地なんだろうかと想像する。
「玉英堂らしさが伝わるような1冊はありますか?」と(我ながら)ガサツな質問を投げかけると、斉藤さんが1冊の本を紹介してくれた。
谷崎潤一郎の「お艶殺し」(千章館 大正4〈1915〉年)の初版本だ。表紙や見返し、挿画は山村耕花の木版画が贅沢にあしらわれている、とても美しい本だ。1番のポイントは、谷崎の毛筆署名である。これは古くから谷崎と親交があった酒屋のご主人が所有していたもので、その方は玉英堂の馴染みのお客さんでもあった。こうした貴重なものが市場に現れるのも、100年以上続く老舗古書店が築いた関係があってこそだろう。
何も知らない状態から飛び込んだこの世界だったが、「今ではだんだんと古書店の店主らしくなってきたかもしれない」と、斉藤さんは笑って話す。1冊1冊真剣なまなざしで説明してくれるその様子に、古書店とは「価値のあるものを、守り続ける」仕事でもあるんだと、改めて感じさせられた。(なかざわ とも)