2021年3月、多くの大学で卒業式が行われて、卒業生たちが巣立っていった。それぞれの大学の学長・総長たちが、社会の荒波に飛び込んでいった教え子たちに激励のエールを贈った。
ビートたけしさんの言葉、中島みゆきさんの歌、渋沢栄一や赤毛のアンのエピソード......。そして、女性差別への憤りや、コロナ禍だからこそ、どう社会と向き合っていくか、教え子たちを思う熱情にあふれていた。
J‐CASTニュース会社ウォッチ編集部が、独断で選んでみた。
早大総長「社会を変える『しなやかな感性』」
社会を救うにはどうしたらよいか。熱く語る学長・総長がいた。
早稲田大学の田中愛治総長は、「たくましい知性」と「しなやかな感性」の持ち主であれ、とエールを送った。そして、特に早稲田大学の建学の精神である「心の広い寛容の精神」をこう強調したのだった。
「心の広い寛容の精神により、異なる国籍・エスニシティ・民族・言語・宗教・文化・信条・性別・性的指向性を持つ人々に対して、敬意をもって接することができます。特にコロナでは、国や民族の違い、経済的な格差で、多くの人々がより苦しむことになったと思います。そのことを肌で感じる経験をしたみなさんは、より一層『しなやかな感性』を育むことができました」
そして、こう結んだ。
「みなさんはこれからの人生で、やり甲斐がある、興味深いと思うことを是非ともやってください。いくら流行に乗っていても、自分に興味のないことや、やりたくないことなら、みなさんの力は90%か80%しか発揮されません。流行に乗っていなくても、やり甲斐を感じることなら120%くらいの力を発揮できます。どの分野であろうと、120%の力で仕事する者は80%で仕事する者に優ります。ご自身がやり甲斐のあることに精力を傾けて、人生を切り開いていってください」
一方、「アートで社会を救おう」と檄を飛ばしたのが、岐阜県大垣市にある公立の大学院専門大学「情報科学芸術大学院大学」(IAMAS・イアマス)の三輪眞弘学長だ。三輪さんは「あきらめ」こそアートのチカラの源だという。
「みなさんと同じ年頃の僕は、『今日やれることをやるしかない』という『あきらめ』しかなかった。国際紛争や資本主義の暴走、果てしない核開発競争や環境破壊。それらに対して自分はあまりにも無力です。そして今、『自分には何もできない』という『無力感』こそが、大切だったことに気づきます」
なぜ「無力感」が大切なのか。三輪さんはこう語った。
「『無力感』には自分なりの、この世界に対する『あるべき』理想、いやむしろ『絶対にそうであってはならない』人間世界のあり方がイメージされていたからです。人が無力感にさいなまれるのは、何かを切実に求めていることの裏返しです。『アート』の根底にあるものは常に、この『無力でも表現することをやめない勇気』です。つまり、『自分が何をやっても世界は変えられない』ことをはっきりと認めたうえで、それでも世界に対する理想と怒りを決して忘れず、世界に何かを求め続けて、そのことを『表現』し続ける勇気を持つということです」
そして、三輪さんはこう結んだ。
「その昔、冗談ではなく、『人は誰もがひとりの芸術家である』と本気で主張し、身をもって実践したのはドイツのアーティスト、ヨーゼフ・ボイスでした。社会の与えられた価値やルールを守るだけではなく、新しい価値やルールを創る人、単にこの世界を批判するだけではなく、より良くするために行動する人はみなアーティストなのです。僕が最後に伝えたいことはシンプルです。地球温暖化がますます進み、新型コロナの変異株が次々と発見される今、みなさんの誰もが『ひとりのアーティスト』になること。それこそが世界を救う希望だと、僕には見えるのです。ヨロシクたのむ!」
一橋大学長「大学は港だ。迷ったら戻ってきなさい」
社会に出ても迷う時が必ず来る。その時に「大学は港です。人生の荒海に漕ぎ出したみなさんが航路に困った時、いつでも歓迎します」と送り出したのが一橋大学の蓼沼宏一学長だ。
「すべての卒業生にとって、一橋大学は『港』のような存在でありたいと私は考えています。さまざまな社会経験を経て多くの課題に気づくとき、現場での知識や経験のみでは切り抜けられず、正しい判断をするために基礎となる学問が生きてくることもあるでしょう。科学技術が急速に進歩する中で、知識やスキルが陳腐化するスピードも速くなっていますから、社会に出てからも、文系・理系の枠を超えて学び続ける必要があります。そのとき、みなさんが再び大学という落ち着いた場で学びたいと考えたならば、思う存分学ぶことができる、そのような場を提供し続けていきたいと思います」
そして、それは大学にとっても相互作用でメリットがあると、蓼沼さんは語るのだった。
「大学は、学問が机上で孤立したものではなく、世の中で抱えている課題を背負ったときに生かされるように努めていくべきです。私たちもまた、みなさんがそれぞれの現場で見出した問題意識を大学に投げかけてくれることを期待しています。経験と理論がぶつかり合う中から新たな知が生まれてきます。その創造のプロセスを共に歩もうではありませんか。世界に漕ぎ出していくみなさん、順風満帆の時も、嵐の時も、磨かれた己の知と感性を駆使し、おそれることなく道を切り開いていってください」
(福田和郎)