「何が何でも東京五輪はやる!」という菅義偉政権の強引な決意の表れか――。
新型コロナウイルスの感染拡大が一向に収まらないなか、2021年3月25日、東京五輪の聖火リレーが始まった。
「復興五輪」のスローガンのもと、福島県からスタートしたリレーは観客が殺到して「密」になる場面が見られた。
一方、五輪最大のスポンサーである米テレビ局からは、
「コロナをまき散らす、ナチスのようなイベントはやめろ」
という厳しい「鶴の一声」が発せられた。
ネット上でも怒りの声が沸騰している。
聖火リレーにもスポンサー企業の意向が
じつは、聖火リレーにはやめるにやめられない事情がある。聖火リレーのスポンサー企業の意向があるからだ。毎日新聞(3月26日付)「スポンサー意向、長期日程を維持」が、その裏事情をこう明かす。
「聖火リレーは国際オリンピック委員会(IOC)の規定で、100日以内と定められている。しかし、東京大会は121日間の日程が認められた。2012年ロンドン五輪の70日、16年リオデジャネイロ五輪の95日と比べると長期に及ぶ。組織委は、東日本大震災で被災した岩手、宮城、福島の3県を重点に回り、全都道府県を通過できるようIOCと交渉した。1年延期で簡素化も検討したが、スポンサーの意向もあり、121日間の日程で全国1741市区町村の約半分にあたる859市区町村を巡る日程を維持した」
五輪そのもののスポンサー企業とは別に、聖火リレーだけのスポンサー企業も存在する。1984年のロサンゼルス五輪から聖火リレーにもスポンサーがつくようになり、回を追うごとに派手な演出が増えた。2000年シドニー五輪では海中を聖火がリレー、2014年ソチ五輪では聖火をロケットで宇宙にも飛ばした。
東京五輪の聖火リレースポンサーには3ランクあり、最上位には日本コカ・コーラ、トヨタ自動車、日本生命保険、NTTの4社が並ぶ。それぞれ「キミ色で、走れ」(コカ・コーラ)、「動かせミライ! その一歩を、地元から」(トヨタ)、「大切な絆を、つなげよう」(日本生命)、「CONNECTING WITH HOPE ~ひとりひとりの、希望の光をつなぐ」(NTT)などのテーマを掲げ、テレビCMを派手に打っている。3ランクのスポンサーはいずれも全国企業だが、その下には都道府県ごとに多くの地元企業が「聖火リレー応援」に名を連ねている。
そして、スポンサーが推すランナーたちが、かなりの割合で走る。こうしたスポンサーの意向を無視し、聖火リレーを止めるのは非常に難しいわけだ。
政府や五輪組織委にとって、聖火リレーのスタートは「何が何でも五輪をやる」という決意の表れだという。朝日新聞(3月26日)「五輪『もうやめることできぬ』政府高官」が、こう伝える。
「菅義偉首相は3月25日、記者団に『聖火リレーは大会が近づいてきたことを国民に実感してもらえる貴重な機会だ』と述べた。新型コロナの感染拡大が懸念されるなか、開催に否定的な世論もあるが、政府高官は『開催が前提だ。聖火リレーが始まったら、もうやめることはできない』と、不退転の様相だ」
という。
最大スポンサーの米テレビ局が「ナチスと同じ」
こうした聖火リレーのあり方に、批判的な海外メディアがある。巨額のテレビ放映権料をIOCに支払い、多大な影響力を持つ米NBCが3月25日、ホームページに「Amid Covid fears, Tokyo Olympic Games' torch relay kicks off. It should be extinguished」(新型コロナの恐怖の中で、東京五輪の聖火リレーが始まる。聖火の火は消されるべきだ)と、厳しい論調で批判する意見記事を掲載した=下の写真参照。
米NBCの筆者は、米のスポーツ政治学の学者、ジュールズ・ボイコフ氏。元プロのサッカー選手で五輪に参加したこともあり、五輪と政治に関する著作をいくつか出した。ボイコフ氏は、記事の中で、
「東京五輪は、福島の復興を示す『復興五輪』とされているが、この地域の多くの人々は、資財が五輪を行う東京へと流れ、そのため福島の復興が遅くなったことを知っており、東京五輪を非難している」
と、「復興五輪」のいかがわしさを指摘。
「最大の問題は、聖火リレーで始まる五輪が、パンデミックを悪化させるかもしれないという不安だ。すべての日本国民が五輪までにワクチン接種を終えることは難しい。五輪組織委は海外観客を認めないと発表したが、何千人もの選手、コーチ、報道関係者がワクチン接種なしで入国することになり、日本の世論は不安になっている」
と述べた。
さらに、聖火リレーはナチスが1936年のベルリン五輪で発明したオリンピックの伝統儀式だとしてこう批判した。
「(日本は)ナチスによって始められた五輪の祭壇の儀式によって、公衆衛生を犠牲にするリスクを冒している。聖火リレーの火は消されるべきだ」
と訴えたのだった。
米NBCテレビは、森喜朗・前組織委会長の「女性差別」発言の時も、ホームページ上に厳しく糾弾する意見記事を発表した。筆者も同じボイコフ氏だった。その直後に、それまで森発言を容認していたIOCが批判に転じて、結果的に森喜朗氏の退陣につながった経緯がある。今回のNBCテレビの記事はどういう狙いがあり、どんな影響を及ぼすのだろうか。
(福田和郎)