アパレル大手の経営破たんや地方百貨店の倒産、閉鎖が相次ぐなか、2020年の新型コロナウイルスの感染拡大が、さらにアパレル業界を苦境に追い込んでいる。
リモートワークが定着し、コロナ以前のように「服装マウンティング」を競う必要もなくなり、高額な衣服への出費が急減したからだ。本書「アパレルの終焉と再生」は、瀕死のアパレル業界はどう生き残るのか? ファッションマーケティングの第一人者からの緊急提言である。
「アパレルの終焉と再生」(小島健輔著)朝日新聞出版
紳士スーツの売り上げはピークの3分の1に
著者の小島健輔さんは、1950年生まれ。洋装店に生まれて幼少期からアパレルの世界に馴染んできた。慶応義塾大学を卒業。鈴屋の東京・銀座にある最先端開発店舗で社会人のスタートを切った。その後、DCブランドの流通と販売をサポートする小島ファッションマーケティングを設立。店舗運営やロジスティクスまで手掛けている。著書に「見えるマーチャンダイジング」、「店は生き残れるか」などがある。
仕事着のカジュアル化が進み、紳士スーツの売り上げは1992年ピーク時の年間1350万着から、2019年には540万着まで落ち込み、コロナ禍の昨年は3分の1以下の430万着まで落ちたとみている。
20年5月に民事再生法を申請して経営破たんした名門アパレルのレナウン、EC(電子商取引)で挽回を図るも満身創痍のオンワード樫山、自力再建策が見えない三陽商会とアパレル大手の厳しい現状を分析。主な売り場を提供してきた百貨店へと筆が向かう。
1999年のピーク時に311店あった百貨店も2019年末には208店まで減少。20年はコロナ禍もあり8月末までに12店が閉店し、21年に入り三越の恵比寿店などが閉店した。数年で120店まで減少すると危惧している。
郊外ショッピングセンターや駅ビル、最近はECに顧客を奪われ、最終的にコロナ禍が引導を渡したにしても、小島さんは「三度の堕落」で日本の百貨店は見放された、と指摘する。
(1) 自前品揃えと在庫リスクの放棄
(2) 売上減少を納入掛け率切り下げでカバー
(3) 売上流出を恐れてショールーミングを妨害
お値打ち感が半減し、タブレット接客も出来ない百貨店は、「顧客にとって便利でも有利でもない、よほどのイベントでもないと足が向かない場所になってしまった」。人手のかからない定期借家賃貸のテナント売場に一部を切り替える「ハイブリッド戦略」も、コロナ禍によってインバウンド需要は消滅した。
供給量の半分が売れ残る
「第4章 こうしてアパレル業界は行き詰った」では、供給量の半分前後が売れ残る異常事態が1999年以降続いていると指摘する。売れ残り在庫は廃棄処分される訳ではない。次のシーズンに持ち越すことも少なくない。儲かっているアパレルしか廃棄処分できないという。海外に中古衣料として輸出されるものもある。
今やアパレル商品を「正価」で買うのは、よほどお金に無頓着な人か、あぶく銭が回っている人に限られるという言い回しにも驚いた。同じ商品でも価格には正価(メーカー希望小売価格)、会員優待価格、キックオフ価格、セール価格、オフプライス価格、ユーズド価格と6段階あるそうだ。「そして誰も『正価』では買わなくなった」。
どうして売り切れないほど過剰に供給するようになったのか、コスト優先で過大ロット調達などアパレル業界の悪習を挙げつつ、ユニクロの台頭と対抗すべく多くのアパレルチェーンが、大量一括調達型SPA(自社企画自社ブランドによる製造小売アパレル専門店)を志向し、調達量が急増したのが原因と見ている。いずれにせよ、半分が売れ残る事態がいいわけがない。
第6章以降は、アフター・コロナを見据えた予測と提言からなる。こんな姿だ。
「いつの日かコロナが収束しても、コロナ禍で一変したライフスタイルや消費行動は元には戻らないだろう。新型コロナウイルスのトラウマで濃厚接触や三密を避ける習慣が抜けず、かつてのように混雑する繁華街やターミナルで買い回る慣習は廃れ、ECや身近な生活圏での店舗で買い物を済ますようになり、販売員との接触を避けるセルフショッピングと無人精算が定着するだろう。
顧客はウェブルーミングとショールーミングを駆使してネットと店舗を自在に行き来し、店舗はC&CでECと一体化してお試しや受け取り、店出荷の拠点となり、大なり小なりショールーミングストア化していく。購買行動と店舗の役割が大きく変わり、出店立地も都心のターミナルから郊外の生活圏へ移っていく」
「ファッションの世紀」の終わり
小島さんは、ファッションビジネスは夢を売って付加価値を訴求しようというインフレ志向の「クリエイションビジネス」とお値打ち価格で提供しようというデフレ志向の「サプライビジネス」と二つの相反する理念があるという。
アパレルが過剰供給に陥った責任は、両方にあり、共通するのは「顧客を見ない見切り発車」だ、と指摘する。企画から販売までのリードタイムが長いため、顧客の嗜好や需要状況を読めないからだ。
大量生産型から需給が一致した持続可能型へと、抜本から思考を切り替えるよう提言している。DX(デジタルトランスフォーメーション)による無在庫販売の可能性も示している。
業界とメディアが結託して消費者を錯覚させる「ファッションシステム」は終焉を迎え、顧客目線のビジネスになるよう訴えている。
コロナ禍で外出しなくなった、買い物をしなくなったという人には、うなずける指摘ばかりだ。アパレル業界の行方は、関係者だけでなく、各地の再開発にも影響を与えるだろう。ターミナルビル、郊外のショッピングセンターのテナントとして入居している店も多いからだ。大げさに言えば、「ファッションの世紀」の終わりは、日本の景観にも変化をもたらすかもしれない。ファッション業界以外の人にも一読を勧めたい。
「アパレルの終焉と再生」
小島健輔著
朝日新聞出版
790円(税別)