靖国通りは平日も人が多く、どの書店の店先にも真剣な眼差しでワゴンから本を探す人の姿が見られる。明倫館書店もその一つ。白いビルの前ではサラリーマンや学生風の人々が本を吟味している。
明倫館書店は理工書の専門店である。理数系と縁遠い私にとって、敷居が高く思えて身構えてしまう。「難しい話題になったらどうしよう」と若干の緊張感を持ちながら、店主の平尾浩一郎さんに話を聞いた。
親子三代、創業以来ずうっと理工学書を専門
「祖父、父と続いて私で3代目です。創業以来、ずうっと理工書を専門にしています。神保町で実店舗を持っている理工学専門の書店は今ではほとんどなくなってしまいました」
平尾浩一郎さんは、そう話す。
物心ついた頃から古書に囲まれた幼少期を過ごした。大学を卒業後、会社勤めを経て明倫館書店で古書販売の世界へ。
「大学は理系ではなく、専門的な知識はありません。販売しているから内容がわかるってわけではないんです」
と、浩一郎さんは笑う。
あくまで本のプロとして、「質の良い商品を扱うこと」を目標に専門書と向き合い続けているという。
カタい本を深く学ぶ人たちのために
地下1階では工学、医学関係の本。1階には理学系の本を置いている。人気のある本を聞くと、
「実用書が主なので、うちにしかない本っていうと難しいんですよね。もっとも力を入れているのは数学書ですが。強いて言えば『理工学書』全般を扱っていること自体がうちの特徴ですかね」
と話す。
本棚には「数学」「物理」「化学」と分野名の書かれた手書きのプレートが掲げられている。店内には約2万冊の本があるそうだ。大量の本を前に、目的の1冊だけでなく、興味のままに手に取ることができるのは実店舗ならではの強みだ。
明倫館書店では、洋書の品揃えにも力を入れている。
「お客さんは趣味で学ばれている方から研究者まで、さまざまです。うちで扱う商品は割とカタい本が多いので......。初心者でも手軽に読めるような本は少ないですが、その分深くお客様の興味の幅に答えられるよう心がけています」
お店に入り、本に触れる
「祖父は典型的な古書店の店主といった感じの人で、店主としてお客さんと一定の距離を保つような接客のあり方を見てきました。意識的に心がけているわけではありませんが、私もそういったタイプかもしれません。」
と、浩一郎さんはニッコリする。
「入りづらい店構えかもしれませんが、店内を眺めるだけでも良いので気軽に来ていただきたいですね。思いがけない発見があるかもしれません」
書棚には身近に感じにくい、難しげな文字が並ぶが、たまに「ねじ」や「石ころ」など身近に感じる言葉を見つけて思わず手にとる。自分には想像もつかない分野の研究が、この世にはあふれているんだなぁ、とワクワクする気持ちだ。
店内は静かだが、棚と棚のあいだで本を探し求める人たちは真剣な表情で背表紙を追う。その熱量で、活気に満ちている。(なかざわ とも)