パワハラを根絶するうえで難しいのは、「何がパワハラか」が必ずしも判然としないことです。法律によるパワハラの三要件は、上司の部下に対する「優越的な関係を背景とした」「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」「労働者の就業環境が害される」言動だとされますが、いかがでしょうか。
厚生労働省の指針や資料には、主な言動の類型や例が示されてはいますが、明らかな暴力や暴言を除けば、パワハラか否かの線引きの基準は明瞭とは言えません。
コロナ禍とパワハラ防止法でパワハラが増える?
厚生労働省の「個別労働紛争解決制度の施行状況 2019年度」(2020年7月公表)によると、民事上の個別労働紛争に関わる相談では「いじめ・嫌がらせ」が年々増加。2019年度は8万7000件に及び、8年連続で相談割合トップとのことです。 またコロナ禍の下、リモートワークの常態化でリモハラ(上司から部下への、遠隔での一方的な指示・命令・叱責や監視強化などに伴うハラスメント)の発生も指摘され、パワハラ・リスクは増大する一方です。 その点では、パワハラ防止法施行は時宜を得たものです。
しかし、そこで懸念されるのが、企業・団体でのパワハラ防止対策による想定外の影響です。多くの組織が現場に法令順守を呼びかけ、防止対策の周知徹底を図っていますが、その大半は「○○は禁止、○○の言動に注意」などの「ダメ出し」のオンパレード。パワハラ「防止」ですから無理もありませんが、加害者になりやすい上司はどうしても「触らぬ神に祟りなし」と、部下への働きかけを避け、コミュニケーションの機会を減らしがちです。
ところが、厚生労働省がパワハラの発生しやすい職場の特徴を調べたところ、「上司と部下のコミュニケーションが少ない職場」が約5割で最多だったのです=下図参照。ただでさえ、コロナ禍で職場のコミュニケーションが希薄化しがちなうえに、パワハラ防止の法令順守の徹底によって上司と部下の関わりがさらに減れば、かえってパワハラの温床を増やすというパラドックスに陥ってしまうのです。