「医療崩壊を口にするのは医療者の甘え」なのか?
このような物理的な備えに加えて、職業文化についてはどうでしょうか。今般の新型コロナウイルスによるパンデミックをみても、「医療崩壊などというのは医療者の甘えだ。まだ彼らは限界までやっていない」などという発言を、しばしば見かけます。
病院スタッフの多くは、自身を犠牲にしてでも患者さんを助けようという高い意識をもっています。一方で、自身や病院そのものが被災者となった時の備えは疎かにしがちです。
これは病院スタッフのせいだけではなく、
「病院は有事には身銭を切って社会に尽くすべし」
という暗黙の了解が世間に流布しているせいではないでしょうか。
病院は電気や水道、道路と同様に人々の命を守るインフラです。それと同時に、何百人、何千人という命によって支えられているインフラでもあるのです。そのインフラを保つためには、決して「英雄」という名の、体のいい犠牲者を生まない社会システムが必要なのです。
医療者を過剰に守るつもりはありません。ただ、医療にヒロイズムを期待すればするほど、病院は災害に対して脆弱となる、というのがこの10年間を振り返った私の感想です。
最後に、ひと言。
「東日本大震災では、数多くの英雄が生まれました。そのような英雄を生んだ地域の力は、もちろん後世に伝えるべきでしょう。しかし本来、個人の決断がなくても機能する災害現場を作ることこそが、本当の減災・防災ではないのでしょうか。
二度と英雄を必要としない。そんな現場をつくるために、様々な分野の方に現場の実情を知っていただければと思います」(注6)
《参考文献》
(注1) Ochi S, Hodgson S, Landeg O, Mayner L, Murray V. Medication supply for people evacuated during disasters. J Evidence-Based Med 2015.
https://doi.org/10.1111/jebm.12138
(注2) http://ieei.or.jp/2015/06/opinion150617/
(注3) http://ieei.or.jp/2015/06/opinion150622/
(注4) Ochi S, Leppold C, Kato S, Impacts of the 2011 Fukushima nuclear disaster on healthcare facilities: A systematic literature review. International Journal of Disaster Risk Reduction 2020; 42:101350.
(注5) 2012年日本集団災害医学会口演データより抜粋
(注6) http://ieei.or.jp/2015/06/opinion150624/
(注7) The 12th Asia Pacific Conference on Disaster Medicine 口演データより抜粋
(注8) Ochi, S., Kato, S., Kobayashi, K., & Kanatani, Y. Disaster Vulnerability of Hospitals: A Nationwide Surveillance in Japan. Disaster Medicine and Public Health Preparedness 2015; 9: 614-618.
地球温暖化対策への羅針盤となり、人と自然の調和が取れた環境社会づくりに貢献することを目指す。理事長は、小谷勝彦氏。