バイデン米大統領は「日本に優しくない」 どうなる世界経済? シンクタンク予想を読み解く

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   ジョー・バイデン氏(78)が2021年1月21日(日本時間)、第46代米国大統領に就任した。

   バイデン新政権になって世界経済は、そして日本経済はどう変わるのか。国内の主要な経済シンクタンクの緊急リポートを読み解くと――。

  • 就任演説に望んだバイデン米大統領
    就任演説に望んだバイデン米大統領
  • 就任演説に望んだバイデン米大統領

トランプ政権の「負の遺産」で苦しいスタート

   「トランプ前大統領が残した負の遺産によって、苦しいスタートを切るだろう」と予測するのは、野村総合研究所のエグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏だ。

   「バイデン新大統領誕生とトランプ前政権の負の遺産」(1月21日付)の中で、負の遺産の一つとして、まずバイデン大統領は米国社会の分断に悩まされると指摘する。

「米国社会の分断を短期間で解消する手はない。バイデン大統領が就任演説の中で最も強調したのは、米国社会の融和だ。バイデン大統領はトランプ前大統領の支持者に対し、協調と結束を呼び掛けたが、実際に打ち出す政策は、前トランプ政権の政策と逆のものばかりだ。就任式直後には、トランプ政権が離脱したパリ協定に復帰する大統領令に署名している」

   分断といえば、中国との関係改善の見通しも立たない、と木内氏はいう。

「バイデン大統領は、トランプ政権のもとで悪化した同盟国との関係改善を重視している。しかし、同盟の強化は『中国包囲網』が形成されやすくなる点が重要だ。国務長官に指名されたブリンケン氏は、香港、ウイグルなどの人権問題を中心に、中国に対して強硬姿勢で臨む考えを示している。財務長官に指名されたイエレン氏も同様に、貿易、通貨面で対中強硬姿勢を示した」

   だから、米中貿易摩擦はやや緩和されると見られるものの、米中間の対立は緩和されそうにない。中国は新興国を中心にワクチン外交に奔走しており、逆に米中を2つの軸とする世界の分断が強まるのではないか、と木内氏は指摘する。

世界経済に大きな「負の遺産」を残したトランプ前米大統領
世界経済に大きな「負の遺産」を残したトランプ前米大統領

   バイデン新大統領を苦しめる二つ目の負の遺産は、米国財政の悪化。そして経常収支の悪化も含めた「双子の赤字」問題だと木内氏はいう。

「トランプ政権が2017年に実施した大型減税、いわゆるトランプ減税や、軍事費を中心とする財政支出の増大等は、米国経済に大きなひずみを生み出した。それが『双子の赤字』の拡大だ。双子の赤字の拡大は、米国の財政運営に対する信認、ドルに対する信認を損ね、金融市場で悪い金利上昇、悪いドル安の潜在的なリスクを着実に高めている。これは、この先の世界経済にとっても非常に大きな不安材料だ」

というのだ。

   バイデン大統領が選挙公約で掲げた経済政策を実行に移す場合、連邦財政収支への影響は、2021年から2030年の10年間の合計で約5.6兆ドルの悪化となる。バイデン大統領は選挙公約で、トランプ減税によって35%から21%にまで引き下げられた法人税率を28%にまで戻す方針を示した。それでも歳出増加の影響が増税の影響を上回り、財政環境は一段と悪化する。

「バイデン新政権の中では、双子の赤字問題への対応の優先順位は低い。しかし金融市場が大きく混乱する形で市場の警鐘が本格的に鳴らされれば、世界経済に大きな打撃となってしまう。ドル安志向を明言していたトランプ前政権のもとで、双子の赤字問題をきっかけにしたドルの大幅安が生じなかったのは幸いだったが、その分、問題はバイデン新政権に先送りされた。米国金融市場の潜在的な不安定性は、バイデン新政権のみならず、世界にとってもトランプ前政権の負の遺産だ」

と結んでいる。

民主党内をまとめきれるかがカギになる

ホワイトハウスの新しい主にジョー・バイデン氏
ホワイトハウスの新しい主にジョー・バイデン氏

   「コロナ感染拡大と議会がバイデン新政権の最大の敵だ」と指摘するのは、大和総研のニューヨーク・リサーチセンター研究員(NY駐在)矢作大祐氏だ。「米国経済見通し 新政権誕生後の米国経済。バイデン新政権が追加支援案を発表、まずはお手並み拝見」(1月20日付)の中で、まずこう述べた。

「新型コロナの再拡大や、それに伴う政府による規制強化等によって、米国経済は景気の悪化リスクに再度直面している。ワクチン接種も漸進的なものであることから、短期的には感染再拡大の収束の目途が立たず、実質GDP成長率は2020年10~12月期にペースは大幅鈍化し、2021年1~3月期はゼロ成長付近まで減速すると見込まれる」

   ただし、バイデン新大統領は大規模な追加支援策を発表した。この効果がどう出てくるのか。矢作氏は、こう予測する。

「景気の下振れリスクに直面するなか、2020年12月末に成立した追加的な財政支援に加え、バイデン新政権はさらなる追加支援を公表した。これは1.9兆ドル規模のもので、2020年3月に成立した『CARES Act』(新型コロナウイルス支援・救済・経済安全保障法)の約2.3兆ドルに近い規模となる。『CARES Act』によって、2020年の7~9月期に米国経済が急回復したように、感染再拡大が落ち着き、規制が緩和・解除された後の景気のスムーズな持ち直しをサポートすることが期待される」

   しかし、追加支援を実現するための議会運営に不安材料があると、矢作大祐氏は指摘する。バイデン大統領が民主党内をしっかりとまとめ切れていないからだ。こう続ける。

「民主党が上下院で実質的な過半数を獲得したとはいえ、追加支援案の実現が確約されたわけではない。上院でのフィリバスター(議事妨害)を回避するには60票が必要であり、上院民主党議員(50票)を団結させたうえで、上院共和党議員(10票)の支持を得る必要がある」

   米国の上院は、言論の自由や少数意見を尊重する気風が強い。このため「フィリバスター」と呼ばれる議事妨害により、法案の採決を阻止することを制度として認めているのだ。法案を通したい与党側が、この議事妨害を打ち切って採決に移るためには、半数を大幅に超える議席数が必要となる。現在は、定数100の5分の3、つまり60議席が採決に必要なのだ。

   矢作氏は、

「財政調整措置の活用によるフィリバスターの回避も可能だが、民主党内をまとめ上げることが必要であることに変わりはない。追加支援案の実現に向けて優れた政治的手腕を発揮することができるか、バイデン新政権の先行きを占う試金石といえる」

と結んでいる。

地球環境対策に熱心なバイデン大統領の出方に注目

日本経済はどうなる!?
日本経済はどうなる!?

   一方、「バイデノミクス」によって日本は恩恵を受けるかもしれないが、「油断は禁物」と警戒するのが、第一生命経済研究所の首席エコノミスト・熊野英生氏だ。

   「バイデン新政権の経済対策の恩恵 ~日本・中国の輸出増加~」(1月15日付)でまず、こう疑問を投げかける。

「1月14日にバイデン次期大統領(当時)が、大型経済対策の概要を発表した。1.9兆ドルの経済対策は、米国の輸入を拡大させ、日本経済にも大きな効果をもたらすだろう。そこには課題もあって、米中対立の次なる展開や自動車の規制・ルールづくりがどうなるかという問題がある。果たしてバイデン大統領は日本の期待にうまく応えてくれるだろうか」

   1.9 兆ドルの経済対策は、全国民一律の一人 1400ドル(14万6000円)の現金給付が目玉になっている。これは、昨年12月の一人600ドル(6万2000円)に続く3度目の現金給付だ。12月と今回の合計2000ドル(20万8000円)の現金給付は、個人消費を大いに刺激するだろうとして、熊野英生氏は日本への影響をこう説明する。

「こうした消費喚起策はモノ消費が誘発されて、米国の場合はそれが輸入拡大に結びつきやすい。皮肉なことに、財政刺激が輸入に結びつきやすいからこそ、『バイ・アメリカン』を標榜して米製品を率先して購入する運動を思い起こさなくてはならない。具体的に輸入拡大の恩恵を受けるのは、中国や日本である」

   アメリカ国民が、中国と日本の製品をどんどん買ってくれるようになるというのだ。この動きにバイデン大統領はどう反応するかが重要だと、熊野氏は指摘する。

「日本だけではなく、中国も米国の財政刺激の多大なる恩恵を受けることになる。これがトランプ政権下であれば、米中対立を激化させる火ダネになることだろう。その点、バイデン大統領がどう反応するかが注目だ。どのくらい貿易赤字の拡大に目くじらを立てずに、自由貿易のメリットを強調するかに関心が集まる。その対応は、今後の日本にとっても重要だ」
「バイデン政権下で日米関係はどう変わるか。トランプ時代は、難題山積というイメージが強かった。しかし、終わってみれば日本はそれほど打撃を受けたわけではなかった。安倍政権が外交・防衛・経済の各分野でトランプ前大統領の暴走をうまく封じていたこともある。バイデン政権下では、普通の常識的な関係に戻るとされる。しかし、普通の関係が決して『優しい関係』になるとは限らない。文字どおり『油断は禁物』である」

   そして、熊野氏は争点が次の3つになるだろう、分析する。

(1)米中関係だ。日本の主要な輸出相手国は中国だ。米中対立で、万一、中国景気が減速すれば打撃は日本に及ぶ。対中制裁関税について、バイデン大統領は現状維持の姿勢だと伝えられる。トランプ大統領側が、2年後の中間選挙、4年後の次期大統領選挙を見据え、バイデン大統領が対中姿勢を軟化させると「弱腰」というレッテルを貼ろうとしているために動けないでいる。

(2)バイデン大統領が、どれだけ自由貿易を重視するのかだ。(1)の米中対立への対応はその試金石だ。肝心なのは、自由貿易体制の再構築のために、TPP の後継になる広域の経済連携をどのようにつくるかが課題だ。

(3)地球環境対策も焦点だ。パリ協定に準じる2050年のカーボンニュートラルに向けた枠組みをどう作るのか。特に自動車は、ガソリン車の販売禁止、EV 車の普及に向けた新しいルールが、バイデン政権では早晩作られるだろう。これまでも、日本の自動車メーカーは米国の排ガス・燃料規制に大きな影響を受けてきた。今後も、米国のルールが世界の自動車産業の新しいスタンダードになっていく可能性はある。

   熊野氏は、

「それだけに地球環境対策に熱心なバイデン大統領の出方に注目が集まる」

と結んでいる。

(福田和郎)

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