「何が何でもコロナの感染拡大を抑える。それには罰、罰、罰だ!」
とばかりに、菅義偉政権は2021年1月18日、罰則の導入を柱にした新型コロナウイルス特別措置法と感染症法の改正案をまとめた。
営業時間の短縮要請に応じない飲食店には50万円の過料、入院を拒否した感染者は100万円の罰金で前科が付く、協力を拒んだ民間病院は名前を公表......。
ビシ!ビシ!ビシ!を叩くムチの音が聞こえてきそうな内容だ。もともと罰則には及び腰だったという菅首相だが、いったいどうしたのか?
自民幹部「頑張ってきた飲食店に罰則って、理解されるか」
政府が1月18日にまとめた新型コロナウイルス感染症対応の特別措置法と、感染症法の改正案の骨子は次のとおりだ。
【特措法の改正案】
(1)これまでの「指示」を「命令」に強化。緊急事態宣言の対象区域で、知事が事業者に休業や営業時間短縮を命令できる。命令違反には50万円以下の過料(注:前科が付かない行政罰)。
(2)緊急事態宣言の段階として、新たに「まん延防止等重点措置」を設ける。知事が営業時間の変更を命令できる。命令違反には30万円以下の過料。
(3)命令を出す場合に事前に「立ち入り調査」を行う権限を新たに設ける。緊急事態宣言下やまん延防止等重点措置下で、立ち入り調査に応じないと、20万円以下の過料。
(4)これまでは規定はなかったが、新たに対策を講じる事業者に対し、国や地方自治体が支援を講じる義務を明記。
【感染症法の改正案】
(1)感染者が入院勧告を拒否したり、入院先から逃亡したりした場合は、1年以下の懲役または100万円以下の罰金(注:前科が付く刑事罰)
(2)保健所の調査を正当な理由がなく拒否したり、ウソをついたりした場合は50万円以下の罰金。
(3)民間病院や医療関係者が、国や地方自治体から協力要請を受けながら、正当な理由がなく拒否した場合は名前を公表できる。
このように、両法の改正案ともに厳しい罰則規定を盛り込んでいるのが特徴だ。
これまでの特措法は、知事は飲食店などに指示を出せるが、応じない場合の罰則はなかった。これでは「強制力」がなく、事業者や医療機関の協力を得ることが難しい。そのため、罰則の導入は昨年(2020年)春から全国知事会が再三にわたって政府に要請してきたことだった。
ところが、安倍晋三前首相、菅義偉首相ともに内閣は「私権の制限」がともなう特措法の改正には消極的だった。昨年、秋の臨時国会で立憲民主党などが独自の特措法改正案を提出しても、
「新型コロナが収束した後に、一連のコロナ対策を検証してから」(安倍前首相)
などと呑気に構えていたのだった。
それが一転、政府が突貫工事で法改正を急ぐ理由を、朝日新聞(1月19日付)「強まる私権制限、懸念も 後手批判、法改正急ぐ政権」がこう説明する。
「政府が法改正を急ぐ理由の一つは、コロナ対策が『後手』批判を浴び、支持率が下がったことがある。昨年、野党が独自の改正案を出しても政府は取り合わなかった。ただ、昨年末から官邸で『野党の抵抗がなさそうで改正の雰囲気が出てきた』(幹部)と、早期改正論が前面に出てきた。別の官邸幹部は『いざという時の伝家の宝刀を持つことは大事だ』と必要性を強調する」
自民党内には罰則導入に反対の意見も少なくない。朝日新聞が続ける。
「自民党内には世論の反発への警戒も出ている。『頑張ってきた飲食店を狙って罰則をつけるなんて理解されるのか』(党幹部)。ただ、首相が新型コロナ対策に実績を早期に求められる中で、政府に抜本的な見直しを迫るのは難しい状況だ。政府・与党としては、2月上旬の成立を目指し、野党との国会審議に突っ込む構えだ」
と、悲壮な決意を見せるのだった。
政府が国民に「前科がつくぞ」と脅すとは...
毎日新聞(1月19日付)「コロナ特措法政府改正案 罰則で実効性苦慮」も、政府と与党の苦悩をこう指摘する。
「政府はもともと、強権批判を招きかねない罰則強化に及び腰で、特措法などの改正論議はコロナ収束後に行う方針だった。ところが、感染再拡大を受けて各地の知事から対策の徹底には『罰則と補償』の法令への明記が必要だとの声が高まった。ただ、急ごしらえの改正案には粗さが目立つ」
その「粗さ」の象徴として各紙とも問題視するのが、特措法改正案で新たに設けられた「まん延防止等重点措置」だ。
これは、緊急事態宣言を出さなくても機動的な対応がとれるようにするもの。対象地域の知事は、時短の要請・命令など、緊急事態宣言のほぼ同じ私権の制限を伴う対策をとることができる。
先の朝日新聞がその際、罰則の線引きの「あいまいさ」をこう報じる。
「『まん延防止等重点措置』の対象は飲食店に限らない。前科にならない行政罰とはいえ、命令違反に30万円以下の過料を導入する。ただ、規定はあいまいな部分が多い。重点措置の実施は、国民生活や経済に甚大な影響を及ぼす恐れがあるが、(どんな業態を対象にするかなど具体的な要件は)『政令で定める』と、事実上政府の裁量に委ねられている」
もう一つ、各紙が問題視するのが、感染症法改正案の罰則規定だ。まず、入院勧告を拒否した感染者に「1年以下の懲役または100万円以下の罰金」を科すとした。これは前科が付く刑事罰で、特措法改正案の前科が付かない行政罰より重い。
「他の人を感染・死亡させる危険があるから、より悪質だ」(首相周辺)というのが政府の立場だという。 また、保健所などの感染過程の調査に協力しなかった人にも「50万円以下の罰金」という刑事罰を科す。
こうした罰則に対しては、日本感染症学会など136の学会でつくる日本医学会連合などが1月14日、反対声明を発表した。
その中で、
「入院を拒否する感染者には、措置により阻害される社会的役割(たとえば仕事や介護、子育てなどの家庭役割の喪失)、周囲からの偏見・差別などの理由があるかもしれません。現に新型コロナ患者・感染者、あるいは治療にあたる医療従事者への偏見・差別があることが報道されています。これらの状況を抑?する対策を伴わずに、感染者個?に責任を負わせることは、倫理的に受け入れがたいと言わざるをえません」
と訴えている。
日本医学会連合の門田守人会長(堺市立病院機構理事長)は東京新聞(1月19日付)の取材に、こう憤りを語った。
「罰則を恐れて、検査を受けない人や検査結果を隠す人が増え、感染抑止がかえって難しくなると想定されます。今必要なのは、感染を広げないために外出などを自粛するよう求めること。打つべき手をすべて打っていないのに、順番が逆だ。コロナ患者や医療関係者への差別が起きています。罰則より、国民の分断を生む差別の規制が必要です」
甲南大学法科大学院の園田寿教授(刑事法)も、同紙でこう批判した。
「罰則で被害を抑えようとするのは、威嚇による犯罪抑止に力点を置いた古い考え方。政府が国民に言うことを聞かせるために『前科がつくぞ』と脅している。住民を監視する『自粛警察』の動きが強まりかねない。また、罰則が実現し逮捕したとして、感染している容疑者をどこでどうやって勾留し、取り調べるのか」
と疑問を投げかけた。
(福田和郎)