台湾のコロナ封じ込めの立役者オードリー・タンの評伝

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   世界を襲った新型コロナウイルスの猛威を、台湾は封じ込めることに成功したことで知られる。これまでに500人未満の感染者と7人の死者しか出していない。中国からわずか130キロしか離れておらず、中国からの観光客も多く、ビジネスの往来も頻繁な台湾だが、なぜ、そうしたことが可能になったのか?

   いち早くマスクマップアプリを完成させ、マスクを流通させたのが、IT大臣の唐鳳(オードリー・タン)だ。

   本書「Au オードリー・タン 天才IT担当相7つの顔」は、その実像に迫った評伝である。巻末には特別付録「台湾 新型コロナウイルスとの戦い」も収められ、国を挙げての取り組みが詳しく書かれている。日本の経営者、ビジネスマンにとっても示唆に富んでいる。

「Au オードリー・タン 天才IT相7つの顔」(アイリス・チュウ、鄭仲嵐著)文藝春秋
  • 台湾は新型コロナウイルスの猛威を封じ込めた(写真は、台北の夜景)
    台湾は新型コロナウイルスの猛威を封じ込めた(写真は、台北の夜景)
  • 台湾は新型コロナウイルスの猛威を封じ込めた(写真は、台北の夜景)

天才児童は、ドイツで目覚めた

   2016年、35歳にして台湾のIT担当相になったタンは、逸話の多い人物だ。いわくIQ180、学歴は中卒、独学でプログラミングを学び、シリコンバレーで成功した起業家、1ページ0.2秒で資料を読む、トランスジェンダー、学生運動を支援する無政府主義者......。

   著者のコラムニスト、アイリス・チュウとライター・編集者の鄭仲嵐が、タン本人への取材、インタビューを通して、幼少期から現在までのタンの歩みを詳述している。

   タンはともに新聞社で働く両親のもとに生まれた。24歳まで生理学的には男性で、唐宗漢という名前だった。多くの本に囲まれて育ったタンは知的に早熟だった。小学1年生で連立方程式を解くほどで、教師が困り果てた。

   いじめに遭い、登校拒否になり、転校した。2年生のころ、家で「Apple Basics入門」という本を発見し、独学でプログラミングを学び始めた。4年生になり、父が留学していたドイツの学校に移ったのが転機になった。

「権力としての力ではなく、チームの力が、至るところにあった」

   伸び伸びと成長し、ドイツの名門中学校に進むか、アメリカの名門校に進むかという誘いがあった。しかし、タンは台湾に帰ることを選択した。

「ドイツの同級生は自分より学力は低くても、自分より大人で自身>自信??もある。どうして台湾の子ともたちはああで、ドイツの子どもたちはこうなんだろう? っていつも考えてた。台湾に帰って教育を変えたい!」

中学を中退し、プログラミングの道へ

   台湾の中学校に入ったタンは、校長の特別な計らいで、定期的に試験を受けて成績が記録できれば、毎日学校に来なくてもいい許可をもらった。登校しない日は家のすぐ近くにある国立政治大学に行き、先生の同意をもらって講義に出た。

   インターネットの成長期にあたり、タンも年長の早熟な天才たちと出会った。刺激を受け、全国科学展で1位、全国中学数学コンテストでも銅メダルを獲得、名門高校に推薦入学できる可能性が高まった。だが、高校には進学しない決断をした。

「科学者は世界中に何十万人といて、自分がその道を進んでも、数十万人の1人にしかならない。でもITの道に進めば、自分はパイオニアになれる」

   14歳で中学校を中退。プログラミング言語Perlのコミュニティに入った。16歳で検索ソフトを開発、会社の技術ディレクター、株主、共同経営者になった。会社の方向性で意見が合わず、別の会社に入った。Perl6の多国籍のオンラインコミュニティに参加、2年間の世界ツアーに出た。日本、オーストラリア、エストニア......と20都市を訪れ、プログラミング界の有名人になった。

   アメリカのSocialtextに入社、創業メンバーとなった。台湾にいながらリモートで仕事をした。平等性、開放性、専門性、効率性を兼ね備えた理想の職場環境だった。

   4年後に会社を売却。普通なら次のスタートアップをするところだが、タンは違った。

「今こそ公共の利益のために身を投じるべきときだ。今後の時間をそのことに捧げよう」

   幼いころから現在まで独学を続け、ネット上で無料で提供される素材の恩恵を受けてきた。その恩返しをしよう。中国語辞典をデジタル化し、無料で開放する公益プロジェクト「萌典」として結実した。

公共の利益に捧げる

   本書は、24歳で性別を超えた経緯、35歳でIT担当相になったいきさつ、コロナ禍でいち早くマスクマップアプリの開発を指揮した舞台裏を明かしている。

   著者はタンが大好きな3つの言葉を紹介している。「共有」「共作」「貢献」。

   そして、いつもこう言って、みんなを励ましているという。

「ネットの内容をダウンロードするだけの人になるのではなく、自分の作品をアップロードして、ネットへの貢献者になろう」

   タンは、自身の仕事の日誌をすべてネットにアップロードしているという。だから、現場に行かなくても、参加した毎回の会議資料を入手できる。本人への取材のほか、こうした資料が執筆に役立ったそうだ。

   台湾は、2003年のSARSの惨劇から教訓を得て、17年後の新型コロナウイルスとの戦いでは、世界が注目する大きな成果を上げた。オードリー・タンのほかにも、多くの貢献者がいると、本書は結ばれている。

   日台の彼我の差を痛感するとともに、その中核にある考え方を知ることは有益だろう。

   ちなみに本のタイトルの冒頭の「Au」はタンのネット上のハンドルネームだ。

「Au オードリー・タン 天才IT相7つの顔」
アイリス・チュウ、鄭仲嵐著
文藝春秋
1400円(税別)

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