「ご苦労さま」「お疲れさま」の謎
「知られざるビジネスマナーの歴史」では、「ご苦労さま」「お疲れさま」の声かけが、少し前と現代では、使われる際の設定がまったく異なることが報告されている。
1951年(昭和26年)、サラリーマンを題材にした作品で知られる源氏鶏太の小説では、人事課長が結婚式の仲人を務めるという社長に向かって「そりゃアご苦労さまです」と発する場面がある。新入社員の研修で、部下が上司に対し「ご苦労さま」というのは失礼だと教えられるのが現代であり、使い方はこの小説の1シーンとは真逆だ。
「ご苦労さま」は、江戸時代の文献では目下から目上への使用例が多いことを複数の国語学者が紹介。ある論文では、明治時代には目上にも目下に使えたが大正時代あたりに目下への使用例が増えたことが示されている。用法混在の時代に、軍人や警察官がよく使っていたことから「ご苦労」にいばっているイメージがつき、目下への言葉へと徐々に逆転していったのではないかと推測されている。
一方の「お疲れさま」。現代では目上の人に対する労いの言葉とするのがビジネスマナーだが、じつはそのルーツは「チャラい流行語」であり「その点にほとんどの人が気づいていないことこそが伝統文化の軽視」と著者は批判する。
そもそも芸能界だけで使われていた業界用語的なあいさつであり、一般社会ではほとんど使われておらず、そのオリジナルを知っている人が「お疲れさま」があふれている状況に接すれば、オフィスでビジネスマンが「ギロッポンでナオンとシースー」と口にしてるようなものらしい。
1970年代に芸能誌の連載タイトルで使われるなどして、「お疲れさま」は芸能界から一般に広まったとみられ、上下関係を気にする必要がある「ご苦労さま」より使い勝手がよかったこともあり、1980年代に市民権を持つ言葉として定着したようだ。
「ギロッポンで...」と同じかもしれないと思うと、これからは使うことがはばかられる?
著者のパオロ・マッツァリーノさんは、本書の著者紹介にはこうある。「イタリア生まれの日本文化史研究家、戯作者。公式プロフィールにはイタリアン大学日本文化研究科卒とあるが、大学自体の存在が未確認。父は九州男児で国際スパイ(もしくは某ハンバーガーチェーンの店舗清掃員)、母はナポリの花売り娘、弟はフィレンツェ在住の家具職人のはずだが、本人はイタリア語で話しかけられるとなぜか聞こえないふりをするらしい。ジャズと立ち食いそばが好き。
著書に「反社会学講座」「誰も調べなかった日本文化史」(いずれも、ちくま文庫)、「13歳からの反社会学」「日本列島プチ改造論」(同、角川文庫)、「『昔はよかった』病」(新潮新書)など多数あり、その内容から、ネットでは「正体」について推理する書き込みもある。
「サラリーマン生態100年史 ニッポンの社長、社員、職場」
パオロ・マッツァリーノ著
KADOKAWA
900円(税別)