かつて小室サウンドや浜崎あゆみ、安室奈美恵などで一世を風靡した音楽・映像事業のエイベックス(東京都港区)が、コロナ禍に見舞われたあげく、自社ビルを売却したことがわかった。2020年12月24日、同社が発表した。
エイベックスは今春、松浦勝人会長と自社のアーティスト浜崎あゆみの「実録不倫ドラマ」でも話題になったばかり。時代の風雲児が経営する企業に、いったい何があったのか。
従業員の3割がリストラに追い込まれて...
エイベックスが12月24日、公式サイトに発表した資料によると、売却するのは東京都港区南青山のエイベックスビル。帳簿価格429億円で、譲渡益は290億円。物件の引き渡しは2021年3月26日の予定だが、その後もリースバック(賃貸)契約を結び、オフィスとして使い続ける。
エイベックスビルは2017年12月の完成。17階建てだ。このビルがよほど自慢のものらしく、公式サイトには「エイベックスビルのすべて」というコーナーがあり、各階のユニークなスペースを撮ったアルバム集がある。「第31回日経ニューオフィス賞」「グッドデザイン賞2019」などを受賞したという。
このビルを買った事業者は誰か。売却先について公式サイトでは、
「守秘義務契約により公表を控えさせていただきます。なお、譲渡先と当社の間には、資本・人的・取引関係など特記すべき事項はありません」
と明らかにしないため、ネット上では、
「いま日本中の不動産を買いまくっている中国系企業ではないか」
という憶測が流れた。しかし、日本経済新聞(12月23日付オンライン版)「エイベックス 本社ビル売却へ」は、
「カナダの大手不動産ファンド、ベントール・グリーンオーク(BGO)に売却する」
と報じている。
いずれにしろ、エイベックスは本社ビルの売却益290億円を計上することによって、2021年3月期(連結)の業績予想を、営業利益は70億円の赤字だが、当期純利益は150億円の黒字に転換する見通しだと発表した。この結果、2021年3月期の期末配当予想は1株当たり96円、年間配当を121円になる。前年の年間配当が50円だから、大幅な増配。自社ビルの売却で、かろうじて純利益の黒字と株主への増配を確保した形だ。
しかし、社員にとってはつらい結果になった。コロナ禍の影響によって営業利益は70億円という赤字(前年同期は40億円の黒字)に落ち込み、希望退職者を募っていたのだ。
2002年以降、18年連続で開催してきた音楽フェス「a-nation」がオンライン開催となるなど、ライブイベント自粛の影響が大きく、音楽事業などに在籍する40歳以上で、対象社員は443人だった。グループの従業員数は今年3月31日現在、1556人だから、約3割のリストラを目指していたわけだ。
ところが発表資料によると、希望退職に応募した人が103人。退職者には特別退職加算金を支給するほか、希望者への再就職を支援するという。
黄金時代には小室サウンド、TRF、安室奈美恵で大ヒット
エイベックスは1988年に現会長のマックスマサこと松浦勝人氏が創業。小室哲哉らとともに、ダンスと歌を融合させた音楽を1990年代に急成長させた。TRFや安室奈美恵、浜崎あゆみらの曲を大ヒットさせ、レコード業界での一大勢力を築き上げた。
公式サイトによると、現在、所属するアーティストは浜崎あゆみ、安斉かれん、川栄李奈、AAA(トリプル・エー)、Snow Man、杉良太郎、小室哲哉、伍代夏子、鈴木亜美、TRF、hitomi、ピコ太郎、倖田來未などがいる。
今年4月~6月には、浜崎あゆみが松浦勝人氏とのドロドロの不倫の恋を経て平成の歌姫にのし上がるまでを虚実を交えて描いたドラマ「M 愛すべき人がいて」(テレビ朝日系)が放送されて大ヒットした。浜崎あゆみを事務所の後輩・安斉かれんが、松浦勝人氏を三浦翔平が演じた。
田中みな実や水野美紀、高嶋政伸らのぶっ飛んだ演技が大評判となった。主人公マサ(松浦勝人氏)がアユ(浜崎あゆみ)に呼びかける、
「俺の作った虹を渡れ!」
「絶対負けねえ!」
といった臭~いセリフが話題になり、「LINE公式スタンプ」になったほどだ。
ドラマでは「絶対負けねえ!」と豪語していた松浦勝人氏もコロナには勝てず、宝物にしていた自社ビルを手放す羽目になったわけだが、ネット上では残念がる声があふれている。
「本業は赤字であるにもかかわらず、ハコを売ったお金で増配ですか。社員に希望退職を迫っておきながら、5%超の株を持つ松浦さんら役員や投資ファンドは高額の配当がもらえるわけですね。もっと会社のために別の使い道があると思うのですが」
「株主に配当金を払うのは当たり前のことですよ。会社は従業員のためではなく株主のためにあるから仕方ない。それが資本主義。問題は配当金を分配するための利益をどう計上したか。今回は不動産売却益ですから、エイベックス本業とは関係のない特別利益。来期からは賃料がかかってくる。次の年の決算はどうなるのか、そっちが気になります。軒並みエンターテイメント業界は苦しむことになりますよね」
古いアーティストを大事にするが、新人育成に失敗した
エイベックスが一時代を築いていたころを懐かしむ声も多かった。
「90年代のエイベックスは泣く子も黙る存在だった。音楽事業が基盤で、コンパクトディスク、メディアタイアップ。小室ファミリーを筆頭とするブーム、それらをエイベックス自ら作り出していた。しかしブームはいつか終わる。インターネットが時代を変え、人々も変わった。だが、テレビだけは変わらなかった。流れを読み取れなかったエイベックスはその犠牲になった」
「エイベックスって、じつはコンサート制作やプロモートで業績をあげていたのですよ。本業のレーベル業務やそれに付随したマネージメントよりもコンサートだったのに、このコロナが大打撃だったのでしょうね。あのエド・シーラン(編集部注:イギリスのシンガーソングライター)の日本ツアー・コンサートもエイベックスのプロモート&制作だったわけで、その業績がよかっただけに残念でならないでしょうね、この本社ビルの売却は」
「ユーロビートや小室サウンドを引き継いだようなピコピコなシンセや、プチセレブ&ギャル受けを狙った厚化粧感なサウンドが今のニーズにマッチしていない感があります(もともと時代に風化されやすいサウンドだし)。今って自然感やインディー感のある、あるいは韓国ナイズされたアーティストのほうがウケはいいので、時代が巡るまで我慢の時なのかも」
「昔はすごかった。今って音楽が冬の時代だし、テレビで囲い込む時代でもない。エイベックスは、アイドルをアイドルと割り切って売らず、アーティストとして売ろうとするところがあって、それが合っていないと思う。ネットをうまく活用できてないのと、育成がうまく行かなかったのかな」
「所属アーティストもほぼマニアックなタレントばかり。もはやインディーズレベル。時代にあったアーティストがいなさ過ぎる。今、老若男女が知っているのはピコ太郎、一番テレビに出ているのは川栄李奈。こりゃあ、先行きが見えていますね。賢い安室奈美恵が、傾き始めたことを見抜いていち早く辞めたのも一理はある。安室ちゃんがいなくなったのが痛手だね。売り上げの1割の年もあったと新聞に書いてあった」
話題になったドラマ「M 愛すべき人がいて」についても、こんな意見が。
「安斉かれんは浜崎あゆみの二番煎じで、もう一度浜崎あゆみを作ろうとした時代錯誤で大失敗だね」
「安斉さんのことはもうそっとしておいて。あのドラマ、今年に放映されたことすらもう忘れていたのに。何年も前のことみたい」
しかし、エイベックスをこう評価する声もあった。
「エイベックスは、他なら契約が打ち切られているようなアーティストでもあまり切ることはしないし、むしろ昔から所属している人への待遇は驚くほどよい。それはある意味でエイベックスのよい部分でもあるが、いかんせん新人の発掘・育成をしなさすぎた。(活動を休止する)AAA(トリプル・エー)の後釜のような存在を狙って育成していたlol(エルオーエル)もぱっとしない状態だし。非常に残念だ。頑張ってほしいな」
(福田和郎)