年末になり書店に行くと、「2021年大予測」とか「2021年の論点」といったタイトルの未来予測本がたくさん並んでいる。こうした中で出色だと思ったのが、本書「自分の頭で考える日本の論点」(幻冬舎)である。
著者の出口治明さんは、ライフネット生命の創業者で、現在は立命館アジア太平洋大学(APU)学長。無類の読書家、教養人として知られる。
「日本の新型コロナウイルス対応は適切だったか」「新型コロナ禍でグローバリズムは衰退するのか」など、22の論点について、「基礎知識」と「自分の頭で考える」と題した出口さんの見解が披露されている。経済、ビジネスに関した論点から、いくつか紹介しよう。
「自分の頭で考える日本の論点」(出口治明著)幻冬舎
アフターコロナは再びグローバリズムに
まずは、最も気になる日本の新型コロナウイルスへの対応だ。日本の取った対策は「合格点か不合格点か」と問われるならば、少なくとも感染防止対策に関しては、合格点が与えられるという。
アメリカやインド、ブラジル、フランスのように感染爆発や医療崩壊はいまのところ、起こっていないからだ。また、患者数や死者数も欧米に比べて、かなり低い水準で抑え込んでいる。
必要不可欠な社会活動を進めながら感染拡大を防ぐために、バランスを取ることが求められる。
PCR検査の数が少なかったことが批判されたが、日本にはそこまでのリソースがなかったとしている。第1波の際に、みなが病院に押し寄せていたら、もっと大変な事態になったと見ている。
経済対策の真価が問われるのはこれからで、企業がこれからのビジネスを考える際には、ウィズコロナの時代とアフターコロナ(新型コロナがインフルエンザ並みの感染症になること)の時代の戦略を峻別することが求められる、と書いている。
2010年代から高まっていた「反グローバリゼーション」の動きだが、世界の潮流になったという現状認識は間違っているという。グローバリゼーションは、新型コロナウイルスによって停滞・中断しているだけで、終わったわけではないという。
さらにグローバルな連携は、「コロナ禍でも世界の経済を救った」と、出口さんは考えている。リーマン・ショックを上回る戦後最大の経済危機であるにもかかわらず、株価は暴落することなく維持されている。世界中の中央銀行が連携して、金融市場を守るためにいくらでもお金を投入してくれるという安心感があるから、日本でもアメリカでも株価が下がらないのだ。
遅かれ早かれウィズコロナは終わり、世界はふたたびグローバル化に向かうと出口さんは信じている。
「人間は本来、移動するヒト(ホモ・モビリタス)なのですから」
経済成長は必要に決まっている
ゼロ成長路線で社会を維持していくのは、現実的には不可能だ。経済成長のカギを握るのは人口と生産性の二つだ。日本はどちらにもうまく対処できていない。
日本は先進国の中でもっとも生産性が停滞している国である。その主たる原因はダラダラ残業にあることは明らかで、政府も「働き方改革」を唱えるようになった。
もう一つの理由は、社会のデジタル化が進んでいないことだ。現在の世界のトップ企業は、GAFAやその同類の新しいサービス産業が大半を占めている。高学歴でダイバーシティあふれる人たちが世界中から集まることで、新しい産業が生まれている。そのために、出口さんは大学を成長産業に位置づけることを唱えている。
投資はしたほうがいいか、貯蓄でいいか、という問題には、お金の運用についての大原則である「72のルール」を紹介して答えている。
「72年÷金利(%)」が、元金が2倍になる年数の目安となる法則だ。現在の銀行の普通預金の金利はだいたい0.001%だ。このルールで計算すると、7万2000年かかる。出口さんが社会人になった頃の社内預金の金利は11%だったから、6年半で元金は2倍になったことを考えると、金利が低い現在、貯蓄では意味がないことがわかる。
一般人がお金をふやすには毎月一定額の投資信託を買う「ドルコスト平均法」を紹介しつつ、「投資か貯蓄か」ではなく、「将来や老後に対する不安を少しでも減らすにはどうしたらいいのか」と問いを立て直せばいいという。
その簡単で効果的な方法が「働くこと」だ。働けば何がしかの収入が得られ、確実にお金をふやせる。また体力の低下も防げる。もっとも効果的な「投資法」だと、書いている。
「自分の頭で考える10のヒント」
付録として、巻末に「自分の頭で考える10のヒント」が付いている。自分の言葉で考えて自分なりにジャッジするトレーニングを積み重ねていくことを出口さんは勧めている。その際の方法として以下のポイントを挙げている。
1 タテ・ヨコで考える... タテ=時間軸(歴史軸)とヨコ=空間軸(世界軸)で考える
2 算数、すなわち数学・ファクト・ロジックで考える... 3要素のうちいずれかが欠けていると説得力がなくなる
3 外付けハードディスクを利用する... 検索ツールを使う
4 問題を分類する「自分の箱」をいくつか持つ... いろいろなカテゴリーに分類される問題があることを知る
5 武器を持った「考える葦」になる... 武器となる「基礎知識」が必要だ
6 自分の半径1メートル圏内での行動で世界は変えられると知る...世界を変える一番手っ取り早い行動は選挙である
7 「人はみんな違って当たり前」だと考える... 多様性から新しいものが生まれる
8 人の真贋は言行一致か否かで見極める... 相手によって意見や態度を変えるかどうかでわかる
9 好き嫌いや全肯定・全否定で評価しない... 「意見と人格」「作品と人格」を切り離して評価する
10 常識は徹底的に疑う...少しずつ伝統に手を加えて改良していうのか、本来あるべき「保守」のスタンスである
「自分の頭で考える日本の論点」
出口治明著
幻冬舎
1100円(税別)