中国とのビジネスを行ううえで不可欠なのが、中国法の理解だ。認識が不十分だったため「悪魔の証明」を強いられたり、巨額な賠償を請求されたりした企業は、枚挙にいとまがない。
中国にまともな法律などない、と侮っている人がいるかもしれないが、中国契約法は、最近の国際的な契約立法を取り入れた法律であり、国際性の度合いでは日本より進んでいるという。
一方、憲法は立憲主義憲法とはまったく異なり、市民の精神的、身体的自由に対する公権力の容赦なき弾圧と拷問による自白強要が当たり前になっている。なぜ、私法と公法で様相がこのように違うのか。本書「中国法」は、具体的な裁判例に即して複雑な中国法を解説している。中国にかかわるすべてのビジネスマン必携の本だ。
「中国法」(小口彦太著)集英社
日本は私法、中国は公法ととらえた尖閣諸島の国有化問題
著者の小口彦太さんは、早稲田大学法学部教授を経て、早稲田大学名誉教授。江戸川大学学長。専門は中国法で、中国人民大学法学院名誉客座教授でもある。著書に「中国法入門」「現代中国の裁判と法」「中国契約法の研究」など多数。
序章で日中の法律認識のギャップがもたらした深刻な事態として、尖閣諸島の国有化問題を取り上げている。2012年、日本は野田佳彦政権のもとで、尖閣諸島、具体的には魚釣島、南小島、北小島の3島を地権者から20億5000万円で購入した。そして国に所有権移転を登記した。
しかし、中国では国が私人と同じ資格で島を購入し、登記をするということはあり得ない。宮本雄二元中国大使の講演会での発言に法律上の核心が表れているという。
「2012年、日本の尖閣の国有化。これは実際は国有化ではなく、所有権を民間から国に移したという、日本の民法上の所有権の移転であり、国家主権とはまったく関係のないものですが、中国側が誤解し、ついに日本が尖閣を国有化して日本領土にしたと思ったわけです。鄧小平さんが、棚上げ・共同開発しようと言ったのに、自分の領土にするとは何事だということで、あの強烈な中国側の反発になっていったのです」
日本側からすると「誤解」だが、中国側からすると「誤解」ではなかった、と指摘する。
中国では土地はすべて国有地であり、所有権の譲渡はあり得ない。この種の国有財産の権利は民法に由来する私権ではなく、憲法によって創設された公権であることを意味する。
このような中国法の枠組みからすると、日本政府による尖閣諸島の購入はあからさまな主権の侵害に映り、猛烈な反発を招いた。
これに先立つ2002年に、尖閣諸島の民有地を年間約2200万円で総務省の所管において借り上げる契約を結び、賃借権の登記を済ませていた。この時は主権の侵害につながる問題ではなかったから、中国は特に激しい反発を示していなかった。
しかし、「国有化」は主権の問題だと、中国では挙国一致で対日批判が盛り上がった。鄧小平の「棚上げ」論の重しが取れた、と中国軍部は欣喜雀躍した。そして、今に続く日中間の緊張状態のタネになっている。
小口さんは「中国法に対する不知のなせる業である」と厳しく批判している。