1000年以上持つ和紙が時間を超えた温もり演出
「和本とは明治以前に日本で出版された書物の総称です。江戸時代の日本人は、身分の差に関わらず大変よく本を読んでいたんです。硬い、学者向けの本から大衆的なものまで幅広い年齢層の人々が読書を楽しんでいました」
橋口さんは、そう話す。
毎週行われる和本市では、長く経験を積まれた橋口さんでも、初めて目にする一冊との出会いも少なくない。
オススメとして見せてくれたのは、雪国の風俗や暮らしの様子が挿絵を交えて書かれた「北越雪譜」(鈴木牧之著、1837年)。事細かに書かれた雪国の様子は、江戸の人々にとって異国の話を聞くようなおもしろさがあったのではないかと想像させる。
丁寧な手仕事で作られた本は丈夫で、保存状態さえよければ和紙は1000年以上持つそうだ。実際に本を触らせてもらう。ふんわりした和紙の手触りは、昨日まで誰かが読んでいたような、時間を超えた不思議な温もりが感じられた。
橋口さんには、4冊の著作がある。どれも和本の知識を「初心者にもわかりやすく、おもしろく」まとめた本だ。出版を思い立ったのは、身体を患ったことがきっかけだった。それまでに出ていた和本の本はどれも研究者目線の堅苦しいものがほとんどであった。自身の知識や経験を活かして、和本の魅力を伝えたいと考えた。
「出版社時代のつながりが後押しになって、出版が叶いました。原稿には読みやすい文章を書く訓練が活かされました。息子が跡を継いでくれたこともあり、幸い時間はあるんですよ。店の奥でパソコンに向かって原稿を書いています」
一作目の著書である「和本入門」(2005年 平凡社)は、専門的な内容であるにも関わらず大きな反響を受け、和本の入門書として今も読まれ続けている。出版社に勤めた経験と、和本を扱う古書店主の経験とが結びつきうまれた一冊であった。
エネルギッシュな橋口さんの活動は多岐に渡る。各地で講演を行い、大学で講師を務めた経歴も持つ。
「実物を手にしてもらうことを大切にしています。和本へ興味を持ってもらう一つのきっかけになれば、うれしいですね」
と橋口さん。
和本は、生き生きとした当時の「知」に触れることができる貴重なものだ。目を輝かせて和本を語る橋口さんのお話をうかがうと、遠くに感じていた和本が少し身近なものに感じられた。(なかざわとも)