バラク・オバマ前米大統領が回顧録を出版し、世界中で話題をさらっています。日本円にして約4600円(45ドル)もする「高額商品」にもかかわらず、発売後たった24時間で89万部の売り上げを達成! 世界中が注目した米大統領選挙の直後だけに、オバマ氏が著書で何を語っているのかを各国のメディアがいっせいに報じています。
日本でも、NHKや一部メディアが、「オバマ氏が鳩山由紀夫元首相を『迷走した日本政治の象徴』などと評した」と報じたことに、英語の専門家たちが「誤訳だ」と指摘するなど、ネット上で大盛り上がり。果たして、この「鳩山騒動」は「誤訳」なのか、それとも......。各国メディアの報道を読み解くと、意外な事実が見えてきました。
鳩山氏は「感じは良いが厄介な同僚」だったの?
それにしても、ものスゴイ売れ行きです。バラク・オバマ前米大統領の回顧録「A Promised Land」は、発売早々にアマゾンのベストセラー1位にランキング。発売後24時間で89万冊を売り上げて、歴代米大統領回顧録の記録を作りました。
ちなみに、2位のビル・クリントン氏の回顧録「My Life」の記録が40万冊、3位のジョージ・W・ブッシュ氏の「Decision Point」が22万冊ですから、オバマ氏の89万冊の記録は、群を抜いてダントツの1位です。
日本で話題になっているのは、オバマ氏が当時の日本との関係について回想している箇所です。とりわけ、鳩山由紀夫元首相を評した部分を一部メディアが抜粋して取り上げたことから、「騒動」に発展してしまいました。ちょっと長いですが、話題の渦中にある英文をご覧ください。
A pleasant if awkward fellow, Hatoyama was Japan's fourth prime minister in less than three years and the second since I'd taken office--a symptom of the sclerotic, aimless politics that had plagued Japan for much of the decade
(不器用だか感じの良い人物だった鳩山氏は、私が大統領になってから2人目の、そして3年以内で4人目の日本の首相だった。これこそが、10年近く続いた硬直化して目的を失った日本政治の象徴だった)
こうしてみると、何てことのない文章なのですが、まず冒頭の「A pleasant if awkward fellow」の解釈でメディアの見解が分かれています。
「感じは良いが厄介な同僚だった」(時事通信)
「感じは良いが、やりにくい」(毎日新聞)
「感じは良いが付き合いにくい」(共同通信)
「不器用だが感じの良い男」(朝日新聞)
メディアの「和訳」を比較してみると、「pleasant」(感じが良い)の解釈は一致していますが、「awkward」(不器用な、ぎこちない、下手くそな)の解釈が分かれていることがハッキリと見て取れます。
この英文の和訳がテストで出題されたと想定して、一番高得点を取れるのは朝日新聞の「不器用だが感じの良い男」でしょう。
残りの3社は、和訳以前に文法の解釈が間違っています。「A pleasant if awkward fellow」の骨子は「A pleasant fellow」(感じがよい男性)で、「if awkward」は「~かもしれないが」といった「補助的」な位置づけです。
つまり、オバマ氏がメーンで伝えたかったことは、「鳩山氏は感じが良かった」であり「鳩山氏は不器用だった」ではありません。
プーチンもサルコジも「めった斬り!」
また、前後の文脈から読み解くと「awkward」を「厄介」「付き合いにくい」「やりにくい」と訳すのは飛躍しすぎだと感じます。さらに「fellow」については、時事通信だけが「同僚」と訳していますが、これも違和感があります。鳩山氏はオバマ氏の同僚ではないですから。
各社の和訳を採点すると、合格点は朝日新聞。最も「残念な訳」は時事通信の「感じは良いが厄介な同僚」です。採点すると30点といったところでしょうか。
オバマ氏の回顧録をめぐる「誤訳騒動」は、まだまだ続きます。NHKなどの一部メディアが「オバマ氏が鳩山由紀夫元首相を『迷走した日本政治の象徴』などと評した」と伝えたことに、ネットを中心に専門家らが「誤訳」と指摘。それを朝日新聞が「NHK、オバマ回顧録を『誤訳』?」と報じて話題になっています。
原文を読み解くと、オバマ氏は鳩山氏のことを「迷走した日本政治の象徴」と評していません。あくまでも「短期間で次々と首相が交代したこと」を批判しているだけで、鳩山氏への個人攻撃だとするのは「意訳しすぎ」です。
それでも、他国のメディアはどう報じているのかと気になって調べてみたら、意外な(!)事実が判明しました。各国メディアによると、オバマ氏は回顧録の中で、かなり大胆に各国首脳についての「私見」を述べているようです。ほとんどが辛辣な批判で、ドイツのメルケル首相だけが「まじめで誠実だ」と好評価を得ていると報じられています。
実際にメディアが伝えている「各国首脳評」を見てみると、フランスの元大統領サルコジ氏については「overblown rhetoric」(仰々しいことば)だらけの人物。つまり、「大きな口をたたくが何もできない」と酷評。ロシアのプーチン氏のことは「部下や懇願者に囲まれたボスで、世界が狭い。不正や賄賂を正当な手段だとみなす輩」と、さんざんな評価です。
他にもインドやブラジル、イギリスや中国など在任中に接した各国首脳についてストレートな評価をしていると話題になっていますが、「違和感」を覚えるのは日本のリーダーへの言及の少なさです。他国の人物にはそれぞれのエピソードを紹介しながらかなりの行数を割いているにもかかわらず、日本については鳩山氏に関する「A pleasant if awkward fellow」だけ。プーチン氏やサルコジ氏への「辛辣な評価」と比べても、鳩山氏のことは「酷評」していないことがよくわかります。
さすがに意訳しすぎでしょ!
さらに不思議なことは、メディアの報道を見る限り、オバマ氏は大統領に就任して最初に顔を合わせた麻生太郎元首相や、来日時に一緒に高級寿司を食べた安倍晋三元首相については触れていない様子。ほんのわずかな鳩山氏への言及箇所だけを取り上げて、「オバマ氏が酷評した」と報じるのは、事実とかけ離れているのではないでしょうか。
少なくとも、海外メディアでオバマ氏の鳩山評に触れた記事は一つもありませんでした。
それでは「今週のニュースな英語」は、話題の英語「awkward」を取り上げます。
The atmosphere of the meeting was a little awkward
(会議は、少し気まずい雰囲気だった)
I feel very awkward in front of your father
(君のお父さんの前では気後れする)
He is awkward with the girls.
(彼は女の子との付き合いが苦手だ)
今回の「鳩山騒動」。オバマ氏は鳩山氏に対して「不信感を持っていたとされる」と断じているメディアもありました。いやはや、回顧録のたった数行の文章からそこまで「意訳」できるとは驚きです。米国との関係が「awkward」(気まずく)ならないことを祈ります。(井津川倫子)