新型コロナウイルスの感染が再び拡大するなか、国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長が2020年11月15日、来日した。
バッハ氏は菅義偉首相らと会談、東京五輪・パラリンピックを来年(2021年)夏に予定どおり観客を入れて開催することを確認した。
しかし、本当に東京五輪は開催できるのか。主要紙の論調をみると、課題が山積みだ。
東京都内の企業も開催反対の意見が過半数
そもそもバッハ会長はなぜ、この時期に突然来日したのだろうか。毎日新聞(11月17日付)の「五輪沸かず焦るIOC 求心力取り戻し狙う」によると、いっこうに五輪熱が盛り上がらない日本に、業を煮やして飛んできたというのだ。
「政府関係者によると、来日前のバッハ氏はいらだちを隠せなかったという。不満は、日本国内に懐疑論が広がり、機運が一向に盛り上がらないことにあった」
たとえば、NHKや共同通信が7月に発表した世論調査によると、「予定どおり来年に開催すべき」という人がNHKで26%、共同通信24%、「中止すべき」がNHKで31%、共同通信34%、「さらに延期すべき」がNHK35%、共同通信36%という結果で、「開催すべき」という人が3割にも満たない状況だった。
東京五輪で「経済効果」という恩恵を一番受けるはずの東京都内の企業も開催に反対する意見が多数を占めた。東京商工リサーチが9月初め、都内の企業3327社へのアンケート調査を発表したが、「中止」や「延期」が望ましいという回答が53%に達し、予定どおりの開催を求めたのは22%だけだった。新型コロナの感染収束が見通せないなか、開催に慎重な意見が多い現状が浮き彫りになった。
こうした状況では、大会開催を不安視するスポンサー企業に動揺が広がってしまう。そこで、バッハ氏は「断固開催する」という姿勢を示す必要があったというわけだ。朝日新聞(11月17日付)「スポンサーに安全強調 来夏に五輪思惑一致」が、こう説明する。
「スポンサーは東京大会の開催だけでなく、IOCそのものを支える屋台骨でもある。『大会開催の牽引役だった安倍前首相が退任しても、必ず大会を開催するという姿勢を示し、安心材料を提供したかった』と関係者は見る。ただし、その狙いが達成できたかは不透明だ。延期に伴う追加経費は数千億円とされ、組織委は国内67社に対し、追加の拠出金を求めている。(中には)新型コロナの影響で支払いは困難とする企業もある。あるスポンサー企業の幹部は『はっきり言って、今回の来日でも機運醸成は期待できない』と話した」
毎日新聞(11月17日付)「五輪沸かず焦るIOC 求心力取り戻し狙う」は、IOCが気を揉むのは、東京五輪の開催熱の低調さが半年後の2022年2月に控える北京冬季五輪のスポンサーにも悪影響を与えることだと指摘する。
「(北京五輪の最高位スポンサーに)中国企業では電子商取引大手アリババグループと、乳業大手の中国蒙牛乳業が名を連ねる。世界経済が停滞するなか、市場規模が大きい中国の企業の存在感が高まる。だが東京五輪が開催できなければ、北京五輪の開催も不透明さも増し、冬季のスポンサーも離れていく。IOC関係者は『東京も北京も同じ東アジアで一蓮托生。東京が倒れたら北京にまで影響が及ぶ』と語る」
早くも「中止」を見越して予防線を張ったバッハ会長
また、バッハ会長は来年3月、再選を目指す会長選を控えている。今のところ有力な対抗馬は見当たらないが、今年3月の東京五輪延期で失った求心力を取り戻すには、何としても来年の東京五輪開催を成功させたいところだ。しかし、早くも開催できなかった場合を見越して、狡猾な予防線を張っていると、先の毎日新聞は伝える。
「開催への流れを決定づけたいバッハ氏だが、菅首相との会談では予防線を張ることを忘れなかった。首相から開催への意欲を引き出し、主催者でありながら『決意は十分共有する』『我々は日本側に立っている』と、開催を支える役回りであるかような表現を使った。延期時はWHO(世界保健機関)のパンデミックが加速しているとの見解に根拠を委ねた。今回も、強く開催を求めているのは日本だという体裁をとり、不測の事態になった際の責任を軽減できるようリスク管理をしていた」
というわけだ。
こんなバッハ氏と組んで、菅首相は大丈夫なのだろうか。菅首相の狙いを朝日新聞(11月17日付)「菅首相 開催後『本格政権』狙う」が、こう説明する。
「国内外で新型コロナが深刻化するなか、首相は周辺に『五輪はいずれにせよやる』と述べた。その決意に透けて見えるのは、今後の政治日程だ。今の衆院議員の任期は来年10月まで。東京五輪・パラリンピックは7月~9月だ。五輪の成功を成果に衆院を解散して国民の信を問い、『本格政権』を樹立するシナリオを想定する。『五輪は最大の政権浮揚策』との認識が政府・与党に広がっている」
そのために菅首相とバッハ会長は、観客を入れて開催することで一致した。政府は海外からの観客には、通常求める入国後14日間の隔離措置を免除、公共交通機関の利用も認める案を検討中だ。第3波が猛威を振るっている欧米からの観客が自由に国内を回ることになりそうだ。
「コロナ対策最優先」バイデンの米国がどう出るか?
こうした措置に、東京都が危機感を募らせていると、毎日新聞(11月17日付)「『第3波』都財政ひっ迫」が報じている。
「東京都も経済波及効果への期待から何としても開催したい意向だが、足元では感染拡大に直面している。医療現場から開催を不安視する声が上がっている。真夏の開催では熱中症の対応も必要で、感染拡大と重なれば地域医療が大混乱に陥る。都医師会の尾崎治夫会長は『医療機関はかなり疲れている。海外から多くの人が入ってきたら、対応する医療体制を組むのは難しい』と指摘する」
東京都にはもう一つ厄介な問題がある。来年の東京五輪直前の7月に都議会議員選挙があるのだ。
「都幹部は『感染が収まらなければ、五輪なんかやっている場合じゃないだろうという声が強まる可能性がある。追加経費も含めて、いかにして都民に理解してもらうかが重要になる』と話した」
こうしたさまざまな思惑や心配も、ある超大国の動向によって一発で吹き飛んでしまいそうだ。米国である。じつは、大会関係者が一番気を揉んでいるは、バイデン次期米大統領の意向だという。米国では1日の感染者が過去最多の10万人を突破。感染者数は1100万人に達した。バイデン氏は経済を優先させたトランプ氏とは逆に「コロナ対策を徹底的に行う」と宣言して政策の最重要課題に掲げている。
今年3月、IOCが来年への延期を決めた背景には、米国の選手たちや競技チームから開催の反対声明が相次いだことがあった。その当時よりも感染が拡大しているのだ。オリンピックどころではないだろう。朝日新聞(11月17日付)「開催可否バイデン氏の意向は? 組織委幹部注視」が、こう伝える。
「ある組織委幹部は『大統領選で勝利を確実にしたバイデン氏が、五輪についてどう考えているか心配だ』。仮に多くの米国選手が参加しないことになれば、多大な放映権料を支払う米テレビ局に与える影響は大きく、大会が開けなくなる可能性もあるという見方だ。さらに複数の大会関係者は『延期が決まった今春のように、選手らから開催反対の声があがるのでは』と危惧する」
来年までコロナ感染が終息しなかった場合、バイデン氏と米国がどう出るのか――。開催の決定的なカギを握っているわけだ。
(福田和郎)