愛知県北西部に位置する小牧市に「コトトモ」という市民活動団体がある。
この団体は小牧市近郊に在住、在勤する人に向けて、親子で学び、親子で遊び、子とともに安心して暮らせる環境の提供を目的とし、産後うつ・虐待の防止のための産前産後女性の支援、育児女性の地域のつながりづくりの産後シェア活動に取り組んでいる。
その内容は、新米ママにとって体力的にも精神的にも大変な時期である産後1か月に、手作りのお弁当を届け、同じものを一緒に食べて、おしゃべり、沐浴や赤ちゃんの抱っこ、洗濯物、洗い物の片付けの手伝いなど、産後ママがしてほしいことを、1週間から10日に一度のペースで行う一方、産後シェアのサポーターを育成する「産前産後サポーター養成講座」や育児中の資格取得を応援する「マイ資格取得応援活動」などを実施。地域のママさんたちとつながれるサロン交流会などを開催している。代表の廣瀨昌美さんに聞いた。
たいへんだった発足当初の活動運営
この活動を始めたきっかけは、2016年4月に起こった熊本地震だった。その凄惨さをテレビの画面越しに見て、「すごく重く受け止めました。縁もゆかりもない土地だったのですが、現地まで赴いて、ボランティア活動をしたいとまで思ったほどです。当時、私は中学1年の長女、小学2年の長男、1歳の次女を子育て中の40歳でした」と、廣瀨昌美さんは言う。
熊本へのボランティア参加の糸口を探るうちに、自分が住んでいる愛知県小牧市というまちの社会資源や公共施設、さまざまな地域活動やそれらに携わっている方の存在に気づいた。それまで、いかに自分が住むまちについて無関心だったか思い知らされたという。
それから、拠点を小牧市と固め、自分自身の産後を振り返り、子育てのしんどさを共有しあえる場として、愛知県の育児支援団体「ママスタート・クラブ」の小牧支部として2016年5月に始動した。 活動当初、メンバーは全員女性。一時は最大30人まで増えた。ただ、その中にはボランティア活動の意思がないのに参加していたり、自分自身の仕事の営業活動として利用したり、「目的」と「手段」を混同していたメンバーも。活動に対する温度差や女性ならではの「派閥」グループの存在もあった。
「そのため、純粋に産前産後の女性への支援活動や団体運営が難しくなっていたのです」
廣瀬さんは、そう明かした。
団体内部で反目し合う事態も発生。メンバーも次々と離反していき、活動の目的も方向性も見出せなくなり、「代表として大きく自信を失っていた、とてもしんどい時期でもありました」(廣瀬さん)。
この不穏な空気を一掃するために、「ママスタート・クラブ小牧支部」から、2018年7月に「コトトモ」へ団体名を変更。「目的(理念)」だけを見失わないメンバーだけが残り、再出発。その9月からは、本格的にSDGs(持続可能な開発目標)の視点を取り入れた活動へと、シフトした。
「産前産後」「パートナーシップ」がテーマ
ちなみに、団体をはじめてから苦労したことが、もう一つ。メンバー全員が女性だったので、男性がひとりで参加しようというだけで、「授乳がしづらい」「子ども(女の子)に近づいてほしくない」との批判や不満の声が挙がった。
偏った視点や差別的な意見に簡単に流されてしまったり、自分から行動しない立場の人から、行動する人に対して批判的な言動を向けたりする人もいた。
ただ、そのころに読んだ脳科学の書籍で、異質なものを排除しようとする「オキシトシン」という、女性ならではのちょっと面倒くさいホルモンがあるということを知った。
廣瀬さんは、「おかげで、常に俯瞰して人を観察し、お付き合いする人間関係をドライに選び、柔軟に距離感をコントロールすることができるようになりました。それが、リーダーシップと責任を求められる団体運営を、しんどくなく行うことができている、今につながっている気がします」と、振り返る。
現在、メンバーは22人。8人の男性メンバーやシニア世代も積極的に活動へ参加している。SDGsを意識しながら団体活動をしているので、ジェンダーバランス、ジェネレーションバランスが向上しているという手応えを感じている。
こうした運営での苦労が、現在の活動に生きている。コトトモは、2019年度に企業助成金を活用した「産前産後サポーター養成講座」や「マイ資格取得応援活動」の活動で、優秀事業として表彰を受けるなど、実りのある実績を得ることができた。
「産後女性の当事者目線を意識した活動が実施できた手応えを感じられたこと、小牧市内の市民活動団体として、どこよりも先進的にSDGs、男女共同参画を推進してきたという自信が持てた1年でした。)
新型コロナウイルスの影響はしばらく続きそうですが、この活動が持続可能なものとなるために、まだまだ挑戦できる選択肢があると思っています」
と、廣瀬さん。
今後はSDGsをより掘り下げた「パートナーシップ」という視点の啓発に取り組む予定。そして、引き続き「産前産後」というテーマと、さらに地域貢献ができるよう「誰のことも否定しない、どんなことも楽しみながら、しんどくないアクションができる団体」でありたいという。
パートナーシップの「条件」はイーブン
コトトモには、大切にしている言葉がある。「いい意味で、戦略的に、腹黒く、しんどくなく」と、廣瀬さん。
「当事者の立場やメリット、デメリットをイメージしながら、相手を承認することを意識し、誰も悪者にしないような公正かつ、やさしい表現をする(ポジティブな言葉を選ぶ)ことで、事態がうまく運ぶような気がします」
コストをかけなくても、「ねばならない」と表現しないだけで、人はワクワクしながら動けるもの。「ねばならない」と表現しないだけで、ずっとしんどかった人に笑顔が戻ってくる。たったそれだけで、ワクワクして、活力があふれてくる。さらに、そのパフォーマンスがスゴイ! 言葉一つで変わる、と力説する。
廣瀬さんが子育てに激しく悩んでいた6年ほど前に、あるベテラン保育士さんがかけてくれた言葉に、「子育ては、何年経っていても(やり直そうと思えば)いつでもすぐにやり直しできる」がある。
今も「産後シェア」活動や「サロン交流会」の活動現場で、悩みを打ち明けてくれた人に、この言葉をバトンのように伝えている。
「『育児力』とは、助けてほしい時に、自分から助けてと言えるチカラ。ママさんは助けてほしいときには、ぜひ声をあげてください。そして、しんどくなっているママが支援に頼ることで、この先、自分がどうしていきたいのかを自ら選択し、そこにかかる負荷を少しずつ乗り越えていくチカラにつなげること。これが、私たちのような子育て支援活動をしている者にとって、重要なことだと思っています」
パートナーシップの条件は、すべての属性の人が互いにイーブンであることが前提だ。パートナーシップがうまくいくと、家庭やコミュニティが平和になる。「SDGsの目標16「平和と公正をすべての人に」と目標17「パートナーシップで目標を達成しよう」はリンクしているんですよね」(廣瀬さん)。
産前産後の女性や子どもがしっかりと守られる社会が目標!
コトトモの活動は、遠くから近くから、産前産後女性の思いに伴走しながら、その人が笑顔になれる方法を、自分で選べるチカラとして育んでいけるような、パートナーシップをアシストする活動を目指している。
「実家などに頼れない状況下にあるママの場合、産後1か月は、赤ちゃんを連れて外へ出られず、上にもお子さんがいる場合は、その子のケアも大変なうえ、家事がおろそかになりがちな自分を責めてしまいます。
赤ちゃんとの生活に、心身ともに慣れたと言える状態になるまで産後ママが家にこもっている時間は、じつはちょっとつらい時間だったりするのです。けれど、1か月経っても、1年経っても、ママの悩みやしんどさは新しく更新されていきます。家族以外の誰かにヘルプを出せるようになりたいと願うママが、たくさんいます。
そんな一番大変で大切な時期の産後ママが、精神衛生上健やかでいられるために、私たちは『産後シェア』活動を実践しています。ママが本当に楽しそうに笑っていると、子どもって泣かないものですよ」
と、廣瀬さんは笑う。
小牧市でたったひとりのママがはじめた産後シェア活動は、今では温かい支援の輪が広がっている。手作り感満載だが、「できる時に」「できることを」「できる人が」「できるだけ楽しく」笑顔で活動に取り組んでいるようだ。
災害時、産後産前女性とその小さな命たちは、社会的弱者となり優先的に守らなければならないはず。その彼女たちや子どもたちも、高齢者福祉のような、訪問ケアやデイサービスといった包括支援が当たり前になるように、それに賛同し協力していただける人が少しでも増えることを願うばかりだ。(清水一守)
コトトモ
小牧市市民活動団体・小牧市社会福祉協議会ボランティア団体
正会員 22人(2020年10月23日現在)
活動内容(2018~19年度活動)は、「産後シェア」「サロン交流会(座談会/無料講座)」「マイ資格取得応援!学習交流会」「防災×子育て商品開発会議」「産前産後サポーター養成講座」。【ウィメンズネットこまき グループ企画研修会】の活動として、「託児付きAED講習会」「びちクッキングでごちそう体験」「防災神経衰弱ゲームで学ぼう」。
「セクシャルマイノリティと考える子育てと多様性社会へのヒント」(2020年12/16開催予定)
※ 新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、現在はオンラインによる活動を進めている。
https://kototomo.jimdofree.com/