先日公開されたアニメ映画「鬼滅の刃/無限列車編」が打ち立てた歴史的な記録に、世界中が沸き立っています。公開後わずか3日間で観客動員数が340万人を超えて、売り上げは46億円を達成。これまでの日本国内記録を大幅に上回っただけではなく、世界最高の興行収入をたたき出したと報じられています。
あの米ニューヨーク・タイムズ紙が大きく取り上げるなど、各国メディアが「鬼滅の刃」の大ヒットに興奮気味。まだ日本でしか公開されていないアニメ映画が、なぜここまで世界の注目を集めるのでしょうか。
「鬼滅の刃」は「Damon Slayer」でOK?
世界中で話題を集めている「鬼滅の刃/無限列車編」は、累計発行部数1400万部を突破した大ヒット漫画の劇場版アニメです。公開前からある程度のヒットは予想されていたそうですが、遥かに上回る好成績に「outlier(異常値)」と報じるメディアまで登場しました。
What Pandemic? Japanese Film Draws a Record Flood of Moviegoers
(パンデミックはどこへ?日本の映画に記録的な観客が押し寄せた:米ニューヨーク・タイムズ紙)
draw:引きつける
flood:洪水、殺到
米ニューヨーク・タイムズは、かなり大きなスペースで詳細な解説記事を掲載しました。常時でも「outlier(異常値)」とされるほどの大ヒット記録を、コロナ禍で達成したことが「特に重要だ」と指摘。「映画館で数時間過ごすことが安全だと思えば、観客はすぐに戻ってくることが証明された」と興奮ぎみに伝えています。
全体的に、コロナ禍でのエンタメ映画の奮闘ぶりに焦点を当てた記事でした。
「鬼滅の刃」は公開直後の週末に世界最高の興行成績を達成しましたが、この「世界最高」にフォーカスした報道も目立ちました。
Demon Slayer's Movie Is the Top Film at the Global Box Office
(「Demon Slayer」が、世界の興行成績のトップに立った:アニメ専門サイト)
Demon:悪魔
Slayer:殺す人、殺す物
「鬼滅の刃」のタイトル表記をローマ字で「Kimetsu no Yaiba」と表すメディアもありましたが、大部分は「Demon Slayer」を使っていました。直訳すると「悪魔を殺す人」です。一般的な「殺す」という意味の「kill」と比べて、「slay」は「武器を使って残忍な方法で殺害する」というニュアンスを含んでいるようです。竜退治といった勇ましい場面で使われることが多いようですが、「鬼滅の刃」のイメージに合っているのかどうか......。ファンの方々の反応が気になるところです。
コロナを「無視」できる日本人?
「Demon Slayer」の大ヒットに沸き立つ海外メディアですが、米通信社のブルームバーグは、日本の人口の3%にあたる人が「わざわざリスクを冒して」映画を見た、と報じました。
Almost 3% of Japan's entire population -- put the risk of virus infection aside to turn up for the opening weekend of "Demon Slayer"
(日本全体の人口の約3%にあたる人が、「Demon Slayer」の公開週末のためにコロナウイルス感染リスクを無視した)
put aside:脇に置く、無視する
turn up for:~に現れる
なるほど、340万人と数字を伝えられるより、「人口の3%」の方がインパクトあります。ブルームバーグの報道で注目したいのは、「the risk of virus infection」(コロナ感染のリスク)を「put aside」(無視した)と強調していることです。
じつは、このニュースが報じられた日に、世界のコロナウイルス感染者数が4000万人を突破したというニュースが世界中を駆け巡りました。第2波に襲われているスペインでは、累計の感染者数が100万人に達する兆しだというニュースや、米カリフォルニアのディズニーランドは再開の見込みが立たないといったニュースがあふれる中で、日本の映画館に人々が押し寄せたというニュースは、唯一の「明るい話題」だったのでしょう。
新型コロナウイルスによるパンデミックの影響で、世界の映画業界は大打撃を受けています。映画館を開けても、感染リスクを懸念して客足が戻らないといった状況に、ハリウッドの大手スタジオは新作映画の公開延期を次々と発表。この秋最大の目玉だった「007」シリーズ最新作「007 ノー・タイム・トゥ・ダイ」も来年まで再延期されるなど、危機的な状態に直面していると報じられています。
ニューヨーク・タイムズ紙が、このまま映画館に客足が戻らないと「ダイエットコークを片手にポップコーンをほおばる映画鑑賞文化が廃れる!」と感傷的に報じていたほどですから、「Demon Slayer」のヒットぶりは、映画業界を救う「救世主」なのでしょう。
何よりも、感染リスクを「put aside」(無視して)映画館に足を運べる日本の映画ファンのことがうらやましく思えたのかもしれません。
それでは、「今週のニュースな英語」は、米ブルームバーグ通信社の記事から「put aside」(無視する、脇に置く)を取り上げます。
「いったん脇に置く」ことから「貯金する」という意味で使います。
I put aside 20,000 yen every month
(私は毎月2万円を貯金している)
「仕事をいったん忘れる」という使い方もできます。
Put your work aside
(仕事のことは忘れてください)
さらに「しばらく」という言葉を加えてみましょう。
Put your work aside for a while
(しばらく、仕事のことは忘れてください)
新型コロナウイルスの影響に苦しむ人々にとって、明るい希望となった「Demon Slayer」の大ヒット。現実の世界でもやっかいなウイルスを、こてんぱんに「Slay」(退治)してくれる「救世主」の出現が待たれています。(井津川倫子)