英国のEU(欧州連合)からの離脱に向けた交渉で、ジョンソン英首相は2020年10月15日を、交渉の期限としていました。その15日を過ぎ、16日に声明を発表。「オーストラリア方式を目指す」としつつも、EU側との交渉は閉じないといいました。
「オーストラリア方式」というのは、WTO(世界貿易機関)方式で貿易するということです。つまり「合意なき離脱」、「ハードブレグジット」と同じです。WTO方式というと、あまりにも厳しく聞こえるので、「オーストラリア方式」という都合の良い言い方にしているのでしょう。
英国民の関心はブレグジットよりコロナ
ブレグジットをめぐっては、英国がEUとの交渉を打ち切るのかどうか。ここがポイントだったのですが、ジョンソン英首相は交渉を続けると明言しました。
なぜ、「交渉打ち切り」の強硬な姿勢に出ることができなかったのか――。それは英国政府、ジョンソン首相が追い詰められているからです。
2019年12月、総選挙で大勝した頃と違い、ジョンソン政権を取り巻く環境は厳しくなりました。
まず、新型コロナウイルスの感染が再拡大しています。英国のテレビを見ていても、コロナのことばかりです。ブレグジットを報じる時間はほとんどありません。英国民の関心のほとんどがコロナ感染にあるのでしょう。
ただでさえコロナで混乱しているところに、「合意なき離脱」が重なれば、惨憺たる結果になるのは明らかです。コロナは天災ですが、ハードブレグジットは人災であり、避けることができます。今、この時点でハードブレグジットが重なったら、ジョンソン首相の支持率は限りなく落ち込むでしょう。
一方の野党、労働党も党首が変わりました。偏屈な社会主義者ジェレミー・コービン氏と違い、新党首のキア・スターマー氏は評判が悪くありません。ハードブレグジット後に選挙があれば、保守党が政権を失う可能性も当然あるでしょう。
米国でも大統領選挙が11月3日に迫っていますが、トランプ大統領は苦戦しています。ポピュリスト的政治家の人気が世界的に凋落しているのかもしれません。ジョンソン英首相からすれば、トランプ大統領の苦戦は「明日は我が身」です。
ブレグジットは2020年最後のトレードチャンス!
現時点でFTA(自由貿易協定)の障害になっているポイントは二つ。漁業権の問題と、政府補助金制度の問題です。
政府補助金制度に関しては、英国が自由に補助金を決めることができると、それを利用してEUにダンピングまがいのことをするのではないかという疑念が、EU側にあります。EUという大きなマーケットに自由にアクセスする権利を得たい以上、その疑念に英国は応じないといけません。補助金を自由に決めることができないというのは、主権に対する侵害と保守派は考えるでしょうが、ここは妥協が必要でしょう。
一方、漁業権に関しては、フランスが主張しすぎでしょう。そもそも、英国の海です。漁獲割当高を数年ごとに更新していく方式しかないのではないでしょうか。マクロン大統領が強硬に主張していますが、ここはドイツのメルケル首相に登場してもらい、説得してもらいたいところです。漁業権で全体を台なしにするわけにはいかないでしょう。
12月末というブレグジット移行の期限を考えると、10月末が現実的な交渉期限とEU側は設定してきました。その後、各国議会で批准されなければならないからです。もしかすると、そこは少し超える可能性はあるでしょう。
しかし、メインシナリオとしては、FTAは絶対に締結されなければならない。そうでなければ、ただでさえコロナ禍で大変なところに、大きな混乱を招きます。それは英国もEUも同じです。ただ、ダメージはどうしても英国側のほうが大きいのです。EU側は強硬ですが、最後はメルケル独首相、フォン・デア・ライエンEU委員長が裁定に動くのではないかと思います。
英ポンドは、ブレグジットの影響で割安になっています。FTA締結に成功し、スムーズなブレグジットに成功したならば、英ポンドはある程度買い戻されるはずです。
8割の可能性でFTAが実現し、ポンドドルは1.35-1.40方向に、ポンド円で140-150円といったレベルに行くのではないでしょうか。
ただ2割、どうしても合意に至らず、ハードブレグジットという可能性も残っています。その場合は、英ポンド/米ドルは1.20ドルからもっと下に暴落すると思われます。
膠着マーケットが続いていましたが、このブレグジットは米大統領選挙と並び、2020年最後のトレードチャンスとなるのではないでしょうか。(志摩力男)