NTT(持ち株会社)が傘下の携帯電話最大手NTTドコモを完全子会社化すると、2020年9月29日に発表した。背景には、ドコモが携帯電話市場で影響力を落としているうえ、内部改革に及び腰の体質に、NTTの堪忍袋の緒が切れたという見方が有力だ。
NTTが4兆2500億円もの過去最大のTOB(株式公開買い付け)資金を投入してまで完全子会社化を目指す狙いはどこにあるのか――。
菅義偉首相は、政権の目玉政策に携帯電話料金の引き下げを掲げているが、そのことが引き金になったのか? またドコモの完全子会社化はほかの携帯大手、KDDI(au)やソフトバンクの携帯料金引き下げにつながるのだろうか? 主要メディアの論調を読み解くと――。
「携帯料金引き下げ」が目玉の菅政権誕生が決定打に
NTTの澤田純社長と、NTTドコモの吉沢和弘社長は9月29日の共同記者会見で、「子会社化の検討は今年4月に始まった。料金値下げをやるためにドコモを完全子会社にするわけではないが、ドコモが強くなれば値下げの余力は出てくる」(澤田社長)、「子会社化の件と(菅政権が求める)値下げが結びついていることはまったくない」(吉沢社長)などと語っており、表向きは菅政権の携帯料金引き下げ要求が引き金になったわけではないと強調する。
しかし、日本経済新聞(9月30日付)の「動かぬドコモNTT決断 『値下げ対応』で見切り 菅政権誕生も追い風」によると、菅首相が官房長官だった2018年8月に「携帯料金を4割下げる余地がある」と発言し、通信業界の政府からの値下げ圧力が強まったころからNTTとドコモの確執が始まっていたという。
「澤田社長は、当時吉沢社長らが提出した携帯料金値下げ案を、踏み込み不足だとして強い口調で突っぱねた。澤田氏はドコモに通信料金に頼らない成長戦略を期待したが、ドコモ側は通信料金の確保にこだわった。最終的にドコモ社内で値下げ幅を決めたが、澤田社長は納得していなかった」
その後も、携帯料金値下げが不十分だという菅官房長官(当時)の圧力が続く。NTTは政府の意向は無視できないとして、新たな技術革新で価格を下げるべきだとドコモに迫ったが、ドコモは昨年6月に実施した最大4割の値下げの定着を優先させる構えを崩さなかった。
もはやドコモ内部から改革の意欲が感じられないと、澤田社長は今年5月、自分の懐刀の井伊基之NTT副社長をドコモの副社長に送り込んだ。井伊氏は、今回更迭された吉沢氏に代わって今年12月、ドコモの社長に就任することが決まっているが、この5月の段階で「ドコモ完全子会社化」の伏線が張られていたのだ。
日本経済新聞が続ける。
「これまでNTTからドコモに役員として異動する際、ドコモ株を購入するのが慣例だった。しかし、井伊氏はドコモ株を取得しなかった。(インサイダー情報として)ドコモ株のTOB(株式公開買い付け)を見越していたのだろう。これ以上の停滞は許されない。値下げを確約することで、政府からNTTグループの再度の結集について前向きな反応を引き出したとの観測もある」
読売新聞(9月30日付)「NTT、ドコモ経営に不満 『保守的で内向き』シェア低下続き」も、菅政権の誕生が決定打になったという見方だ。
「9月に入って菅氏の圧力が強まる中、吉沢ドコモ社長は周囲に対し、『やることは変わらない。商売に集中する』と語り、料金の一層の引き下げに消極的だったとされる。政府と与党との距離感を重んじるNTTの澤田氏とは方向性が異なっていた」
ドコモを非上場にすれば値下げに反対する株主もいなくなる
また、読売新聞のこの記事は、完全子会社化について、もう一つの狙いも強調する。
「ドコモの完全子会社化で非上場にすれば、値下げに不満を持つ株主の声に左右されなくなる。ドコモの年間配当額は約3900億円。3割強の株式を持つ一般株主に『流出』していた。完全子会社化で、こうした利益を取り込めば、値下げがしやすくなるとの狙いもあった」
朝日新聞(9月30日付)の「NTT、ドコモを完全子会社化 携帯料金下げ対応へ」は、技術革新が遅れて、ついに営業利益が国内携帯大手の3番手に沈んだドコモの再建が急務だったと強調している。
「今後、世界で競争が激しくなる高速移動通信方法『5G』を中心に投資を加速させる。法人向けビジネスもグループで連携して強化。そのためにクラウドサービスを手がけるNTTコミュニケーションズなどもドコモ傘下に移す。
携帯料金引き下げは、(これまで共食いをしていた)グループ内のムダを省き、より効率的な経営を実現できれば、値下げ分を補う資金が確保できる。今後の焦点は大容量プランだ。現状では各種割引を除いて月7000~8000円台と高めで、総務省幹部は『下げる余地は大きい』とみる」
楽天が狙いすまして「5G」で半額発表 au とソフトバンクは?
ところで、ライバルのKDDI(au)とソフトバンクは、今回のNTTのドコモ完全子会社化をどう見ているのか。両社はさっそく9月29日、「完全子会社化は、電気通信市場の公正競争確保の観点から検証されるべきだ」とする、判で押したような共通のコメントを発表。NTTと政府をけん制した。
しかし、読売新聞(9月30日付)「大手3社下げ幅焦点 携帯料金、原資確保が急務」は、両社とも携帯電話料金の引き下げは避けられない動きだとしている。
「KDDIの高橋誠社長は9月25日の会見で『政府の要請を真摯に受け止める。国際的に遜色のない料金を求められている』と述べた。ソフトバンクからも『もはや値下げは決定的な雰囲気』(幹部)との声が漏れる。今後は引き下げ幅と、いかに原資を絞り出すかが焦点だ。両社は、通信分野以外の収益強化を急ぎ、スマートフォン決済などの金融事業を柱に掲げる。ドコモ同様、国内携帯事業の『一本足』からの脱却が急務だ」
しかし、「ドコモ口座」など電子決済サービスを悪用した預貯金の不正引き出し事件が相次ぎ、こうした動きにブレーキがかかっているというのだ。
そんななか、楽天の三木谷浩史会長兼社長が狙いすましたようなタイミングで携帯料金の値下げを発表した。主要メディアによると、楽天は30日からサービスを始める個人向けの次世代通信規格「5G」の携帯電話料金について、データ使い放題で月額2980円(税別)にする。今春始めた4Gプランと同額で、NTTドコモなど携帯大手3社の半額以下という安さだ。
ただ、楽天の「5G」対応エリアは首都圏などの一部で、大手3社に比べると範囲が限られるが、携帯電話料金引き下げを求める菅義偉政権にとっても、大手3社に対する大きなけん制材料になりそうだ。
(福田和郎)