貿易不均衡や先端産業をめぐって続いていた米国と中国の対立は、新型コロナウイルスを機により深まっている。
世界で最も多い死者数を記録している米国のトランプ大統領は、世界的流行(パンデミック)をめぐり中国を批判。大統領選挙を控えて舌鋒を強めている。ウイルスをめぐる帰趨ともども、米中関係の行方は世界経済や国際的なビジネスシーンに大きな影響を与える。本書「「コロナ時代の世界地図 激変する覇権構造と進む多極化」は、トランプ大統領が米国覇権に拘泥がないこともあり、コロナを機に世界は多極化に向かうものと読み解くほか、金融面でも様変わりするシナリオを解説した。
「コロナ時代の世界地図 激変する覇権構造と進む多極化」(田中宇著)花伝社
ビデオ会議で裏取引ができなくなり......
2020年の国連総会は9月22日に一般討論演説が始まり、米国のトランプ大統領は、批判を強めている中国について、新型コロナウイルスを拡散したと批判。一方、中国の習近平国家主席は、「どの国とも冷戦を始めるつもりはない」とかわしたが、米中の対立が鮮明になったのは明らかだ。
貿易不均衡や先端産業をめぐって続いていた両国の対立だが、新型コロナウイルスが「中国発」と断じた米国では対中懸念が増幅。政治的にも経済的にも中国との関係を清算することを考えている、とする見方も出されている。
著者の田中宇(たなか・さかい)さんは、国際ニュース解説のメールマガジンを主宰するジャーナリスト。「非米同盟」(文藝春秋)「世界がドルを捨てた日」(光文社)など、国際関係の著書が多数ある。
田中さんはまず、新型コロナウイルスの感染拡大によって、国際的な人の移動が制限され人的交流の面からグローバル市場は崩壊したことを指摘。リアルな国際会議も開かれなくなり、外交の最も重要な舞台だった裏取引はビデオ会議ではほとんど実行不可能だ。
同盟諸国の協力で米国が覇権を維持してきた冷戦後の国際政治の体制が現実的に行き詰っており、トランプ大統領がもともと同盟国嫌いでもあり、主要国首脳によるG7やNATO(北大西洋条約機構)は機能不全に陥っている。
コロナ危機の深刻化で一時は鎖国状態となった各国だが、小康を取り戻してから、国際社会復活のため各国が試みているのは、まず近隣諸国との往来回復。感染が落ち着いた国同士で協定を結び、往来の制限を緩和する策を取り始めている。感染が続く国々から隔離、シャボン玉(泡、バブル)の中にいる様子に似ていることから、この国際関係構築は「旅行バブル」の政策と呼ばれているという。
アジア太平洋地域ではオーストラリアとニュージーランドがその形成を決めており、そこに日本や東南アジア、韓国なども入る構想がある。欧州ではEUのいくつかの国が創設に動いている。旅行バブルの動きが盛んになった先にあるのは地域ごとのかたまりになっていく分散化だ。
そして、米国の覇権低下に合わせ、貿易取引の通貨を米ドルから地域諸国の通貨に変える可能性が高まる。すでに中国が検討をしており、具体的な動きもあるという。
冷戦後~コロナ以前は、米国中心の単一の枠組みの中でグローバル化が進む時代だったが、コロナ時代は対照的に、いくつもの地域に分かれ、勢力均衡的な国際社会が存在する「多極化」の国際秩序の時代になるだろうという。
QEで市場粉飾するコロナ時代
金融はどうなるだろう。米国をけん引役とする先進諸国の株価は、コロナの到来でいったん暴落した後は、コロナ前に近い水準に戻っている。
このことについては投資家がV字回復を予測して買っているためと報じられるが、株を買っているのは投資家ではなく、FRB(米連邦準備制度理事会)や日本銀行、ECB(欧州中央銀行)などの各国の中央銀行で、とくにFRBは、コロナ危機が明らかになってきた当初から量的緩和(QE)を急拡大して株や債券を買い支え、経済の実体とは異なる株価の上昇を招いていると指摘する。
株や債券の相場は、投資家らの投資に応じた「市場原理」で上がるもの。QEによる株や債券の購入は、実体から離れた粉飾であり、不正行為といえる。先進国の中央銀行が実質的に米FRBの傘下にあるという著者は、世界的トレンドになっているQEは米国による金融不正と指摘する。
「コロナ危機の不況は長期化し、QEの不正もずっと続く。以前の『冷戦後の時代』は、需給で相場が動く『市場原理』が世界を席巻したが、これからのコロナ時代は、米国中心の金融システムがQEの不正漬けとなり市場原理が崩壊していく」
QEは不況時の切り札的対策。コロナ前の大きな危機、リーマンショック後にも実施されたが、このときは、FRBはその不健全さを勘案して控えめに行っていたという。コロナ危機では、FRBもそうした節度を失ってしまった。
「金融システムは、市場原理で繁栄していた冷戦後の時代を終え中央銀行という国家当局の不正行為であるQEで粉飾するコロナ時代に入った」
と、著者は断じている。
EU、サウジ、イラン、ロシアが使う決済通貨が変わる?
金融面では、もう一つの動きとして、コロナ危機でトランプ大統領が敵視策を強化した中国や、米国との協調に消極的になっているドイツをはじめとするEUが、サウジアラビアやロシア、イランなど対米関係が悪化している国々と連携して人民元やユーロなどを決済通貨に使う動きが加速する可能性がある。
そうなると、ドルの基軸性が低下し、QEの不健全さと相まってドルと米国際経済覇権の崩壊が起こり得るという。
コロナ危機と、トランプ大統領の中国敵視・同盟国軽視がオーバーラップして、その相乗効果でドルや米国の覇権が失墜。代わって中国やEU、ロシアなどが並ぶ多極型の覇権体制に転換していく―― というのが著者の見方だ。
中国をめぐり米国と同調しきれないEUや、コロナワクチンを条件に東南アジアに影響力を強める中国、独裁を国際的に非難されるベラルーシの後ろ盾を務めるロシア、といった現実をみると、本書のシナリオも有力な筋書きに違いない。
「コロナ時代の世界地図 激変する覇権構造と進む多極化」
田中宇著
花伝社
税別900円