厚生労働省が「長時間労働が疑われる事業場に対する令和元年度(2019年度)の監督指導結果」を発表した。果たして、2019年4月から施行された安倍晋三前首相の肝いりの「働き方改革関連法」は機能したのだろうか――。
2019年度に監督指導の実施されたのは3万2981の事業場で、前年度の2万9097事業所から13.3%増加している。このうち労働基準法などの法令違反あったのは、前年度の2万0244事業所から27.3%増加して2万5770事業所に、違法な時間外労働があったのは同1万1766事業所から32.5%増えて1万5593事業所となった。
働き方改革関連法は一定の抑止力にはなった
この統計は「年度」なので、期間は2019年4月から20年3月末までとなり、政府の緊急事態宣言の発出が4月7日だったことを考えると、新型コロナウイルスの影響は最小限にとどまっていると思われる。
となれば、監督指導の実施された事業所数、労働基準法などの法令違反あった事業所数、違法な時間外労働があった事業所数とも前年比で大幅な増加となっていることから、「働き方改革関連法」はほとんど機能しなかったように見える。
ただ、違法な時間外労働の内容を見ると、その事業所数は以下のようになっている。
2019年度 2018年度 増減率
1か月当たり80時間を超えるもの 5785 7857 ▲26.4%
1か月当たり100時間を超えるもの 3564 5210 ▲31.6%
1か月当たり150時間を超えるもの 730 1158 ▲37.0%
1か月当たり200時間を超えるもの 136 219 ▲37.9%
(単位:件)
「働き方改革関連法」が作られる契機の一つとなったのが、2015年に発生した大手広告代理店の電通で起こった女性新入社員、高橋まつりさんの長時間の過重労働による自殺だった。
三田労働基準監督署は、1か月の時間外労働が約105時間にものぼった高橋さんの自殺を心理的負荷による精神障害で過労自殺に至ったとして、労災を認定した。
この事件をきっかけに、違法な時間外労働に対する社会的な批判が高まり、労働基準法が改正され、時間外労働の上限は原則として月45時間、年360時間となった。
労働基準法第36条による労使協定(いわゆるサブロク協定)でも、時間外労働は年720時間以内、時間外労働と休日労働は月100時間未満とし、2~6か月の月平均80時間以内となった。
1か月当たり80時間を超える違法な時間外労働を行っていた事業所数が大幅に減少しているにも関わらず、違法な時間外労働があった事業所数は前年比32.5%増加しているということは、つまり働き方改革関連法は違法な時間外労働に対して一定の抑止力を発揮したものの、時間外労働の上限の原則である月45時間を厳守させるには至らなかったということになる。
コロナ禍で「働き方改革」は後退の懸念がある
結果的に見れば、企業は「建前として働き方改革を行ったように見せかけならが、実態面ではほとんど改革されていない」ということになろう。
それは、「賃金不払残業」が前年の1874事業所から36.6%増の2559事業所に増加していることや、「過重労働による健康障害防止措置が未実施の事業所」が同3510事業所から82.9%も増加して6419事業所にも増加していることにも表れている。
確かに、改正労働基準法の施行により基準が厳しくなっていることで、企業の対応が遅れているということもあろう。しかし、高橋まつりさんが「違法な時間外労働」により、心理的負荷による精神障害という「健康障害」を起こし、自殺に追い込まれたことを企業経営者が真摯に受け止め、従業員を守る行動を起こしていれば、このような結果になることはなかったはずだ。
「働き方改革関連法」では、「雇用形態にかかわらない公正な待遇の確保」も掲げており、「正規雇用者と非正規雇用者の不合理な待遇格差の禁止」もうたっているが、こちらも新型コロナウイルスの労働者支援策で、その待遇に大きな格差があることも露呈している。
詰まるところ、「働き方改革関連法」は政府が狙ったほどの成果は上げておらず、残念ながら新型コロナウイルスの感染拡大によって、改革自体が大きく後退する懸念があるということだろう。(鷲尾香一)