神田古書センタービルには個性的な店が並び、まさに「本のデパート」である。ジャンルごとに特化した専門店によって、フロアごとに鮮やかに景色も変わる。
3階でエレベーターを降りれば、そこに広がるのは自然科学の奥深い世界だ。ここ「鳥海書房」は、植物や生物、人間の生活に関わる自然などを専門にする古書店。店主の鳥海洋さんにお話をうかがった。
迫力ある生物画の世界
店に入って一番に目に飛び込むのは、さまざまな生物画が積まれたワゴンだ。本であったものをバラして、1枚のカードのように図版部分をメインにして販売しているのだ。1枚1枚の精密で鮮やかなボタニカルアートの迫力に、目が引き込まれる。
「専門的な知識を得たいお客さんじゃなくても、気軽にこういったものから興味を持ってもらえるんじゃないかと思って販売しています。きちんと情報を伝えようと言う気概が感じられる丁寧な仕事で、構図もおもしろい。デジタルで印刷したものには出せない風合いがあります」
と、店主の鳥海洋さんは話す。
オススメの1冊をお聞きすると、日本のボタニカルアートの第一人者である太田洋愛氏の作品集「百桜図」を紹介してくれた。生前に描いた桜の作品群を120図収めてあり、あらゆる種の桜が生き生きと描かれている。
時間も場所も超えた空間
海外から来た本に載っている「日本にはない植物」の図が、江戸時代に作られた日本初の植物図鑑に描き写されていることなどもあるそうだ。
「おもしろいですよね」
と、二つの図を指し示しながら鳥海さんは話す。
「古本の持ち味の一つに、時も場所も超えられるということがあると思います。本棚にも偏りを出さず並べるようにしていて、お客さんの好奇心をくすぐり『思わぬ発見』に繋がってほしいと思っています」
お客さんの期待に応えるために、鳥海書房のブックカバーには釣り人としても名高い画家・永田一脩氏の魚拓が印刷されている。鳥海書房では、釣り関連の書籍が日本でも有数の品揃えを誇る。釣りに関する本を目当てに来店する釣りマニアも多い。
動植物ものは子ども向けの本も豊富で、親子連れのお客さんも多いそうだ。足繁くお店に通っていた子が大きくなって博物館に勤めるようになったという話を聞かせてくれた。
学ぶ喜びを大切にする、鳥海さんの温かいサポートを想像させるエピソードである。フロア奥の書庫には数えきれないほどの本が置かれ、読み手を待ってウズウズしているよう。
偶然の出会いを学び楽しむ
「実際に店に来ること」の大切さを、鳥海さんは語る。
「たとえば本を探しに来た時、たまたま目に入った隣の本のほうに知りたい情報が載っているかもしれない。店の本棚を眺めて、新しい疑問や好奇心が湧くかもしれない。そういった体験は、実際に本屋に足を運ばないと得られないものですよね」
単純な答えはインターネットで簡単に見つけられるかもしれないが「自分が知らないということ」と知るのに、古書店の書棚は最適という。
「博物館と違って、本は触ることができます。ぜひ質感や印象を、手にとって身体全体で味わってみて欲しいです」
「鳥海書房」が見せてくれる生物の世界は、素人の私にはクラクラするほど果てしなく深く広がっているように感じられた。膨大に蓄積された知識を目の当たりにし圧倒される体験は、決してインターネットでは味わえない、贅沢なひとときである。(なかざわとも)