「金融政策オンチ?」「携帯料金引き下げに疑問」 菅義偉首相誕生で「スガノミクス」に期待できるの?

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   2020年9月16日、「菅義偉首相」が誕生する。菅義偉氏は自民党総裁選挙を通じて、主に6つの政策綱領を訴えてきた。

   その中の経済政策について、「スガノミクス」と呼べるほど国民は期待していいのだろうか。経済シンクタンクの最新リポートを読み解くと――。

  • 菅義偉新首相の「スガノミクス」に期待できるか……
    菅義偉新首相の「スガノミクス」に期待できるか……
  • 菅義偉新首相の「スガノミクス」に期待できるか……

マジメな経済学者なら「携帯料金高すぎ」にソッポ

   菅義偉氏は新政権の政策綱領について、記者会見の場や自身のホームページなどで、次の6つを掲げている。

(1)コロナ危機を克服
(2)縦割り行政の打破
(3)雇用の確保、暮らしを守る
(4)活力ある地方を創る
(5)少子化対策、安心の社会保障
(6)国益を守る外交・危機管理

   また、菅氏はこれとは別に「携帯電話料金の引き下げ」「デジタル庁の新設」などもテレビ番組や記者会見で強く打ち出した。こうした政策課題、特に経済対策について、第一生命経済研究所首席エコノミストの熊野英生氏は、「菅氏は、優先順位を間違えているのではないか」と指摘する。

   2020年9月11日に発表したリポート「経済政策の優先課題は何か? 次の首相に求められるもの」の中で、熊野氏はまず「携帯電話料金の引き下げ」について、こう指摘する。

「携帯電話料金の引き下げは、明らかに優先順位は後ろだろう。確かに携帯電話料金が安くなることを多くの国民は望んでいる。しかし、それを実行することが、現在の日本経済の建て直しにつながるとは思えない。あえて議論すると、真面目な経済学者ならば、『携帯電話料金が高すぎる』と聞いて、『消費者がそのサービスの利用を強く望むから、料金は高くなるのだ』とそっけなく答えるだろう。筆者ならば、議論をもっと深めて、通信事業の競争政策を再検討すべきだと思う。競争圧力が働いていて、独占的利益が生じていないのならば、強制的に料金を下げる必要は大きくない。事業者の新規参入や、割安な料金プランの設定の自由度がどうかを吟味する必要がある」

というわけだ。

   熊野氏は、菅氏が「アベノミクスの継承」を強く打ち出している点にも疑問を呈している。

「次の首相には、政策の優先順位を考えて、高順位のテーマから取り組んでほしい。具体的には日本経済を建て直すために、(1)コロナ感染の収束(2)巨大な需要不足の穴埋め(3)雇用対策(4)新産業の発見・育成(5)規制緩和による投資促進の順位を考える。安倍政権の政策には、負の遺産も大きい。それを無視しての『アベノミクスの継承』は成り立たない。財政再建と金融政策の正常化にも考えを示して欲しい」

「地方創生」という名の地方銀行いじめ

   「アベノミクスの負の遺産」とは何か――。それは金融政策と財政再建だ。

「すでに金融政策は、政策金利をマイナスにまで引き下げている。日銀の国債保有も巨大化し、売るに売れなくなっている。財政再建も厳しく、これから追加的な財政出動をしようとすると、財源問題を棚上げにしてばかりはいられない。負の遺産は、何か経済政策をするに当たって、いずれ解消すべき課題として必ず付いて回るのだ。これを放置しておいてはいけない。『アベノミクスの継承』というならば、負の遺産も継承して、対処することも優先順位が高い問題だ。伝統的な金融・財政政策を正常化することを中長期的に示すことは、菅政権の避けて通れない課題と言える」

   ただ、熊野氏は「省庁横断的なデジタル庁の新設」については、「有望なテーマだ」と称賛する。

「デジタル化は最も優先順位が高いとみている。デジタル化は、新規需要を牽引する効果が見込めそうだからだ。アフター・コロナの日本経済にとって有望なテーマと考えられる。
現在、大きな需要不足が発生している状況下でも、その不足を穴埋めする役割として、デジタル化の推進に伴う投資拡大は役立つだろう。ただし、目下の需要不足は大きく、デジタル化だけでは不十分だ。ほかにも、需要対策を挙げて、その一つとしてデジタル化は位置づけられると考える」

   一方、菅氏が掲げる「縦割り行政の打破」や「活力ある地方を創る」の中身について、疑問を呈するのは野村総合研究所の木内登英エグゼクティブ・エコノミストだ。9月14日付リポート「菅政権下での政策を展望する」の中で、まず「縦割り行政の打破」の問題点について、こう指摘する。

「デジタル庁の設置などデジタルガバメントの推進を伴う行政組織の縦割り打破は重要だと思う。しかし、安倍政権下で進められた官邸主導、行政組織・官僚組織の縦割り打破の姿勢が、官僚人事に対する官邸の影響力の過大な高まりを通じて、さまざまな問題を引き起こしたことへの反省も必要なのではないか」

また、菅氏は「地方創生」の一環として、地方銀行の再編も打ち出している。これに対して、木内氏はこう警戒する。
「菅氏は、地方銀行について『将来的には数が多過ぎるのではないか』『再編も一つの選択肢だ』と述べている。地方銀行再編の議論は、数の削減が先にありきなのではなく、それを通じていったい何を目指すのかが重要だ。『数が多過ぎる』というのは乱暴な発言だ。数を減らすことを通じて何を目指すのかについて、菅氏はもっと丁寧に説明すべきではないか」
「地方銀行の再編は、金融システム不安を回避するために、経営基盤が弱い銀行が救済合併されるケースと、統合・合併などを通じて経済の効率化を高め、より持続的なビジネスモデルへの転換を目指すケースとがある。菅氏の関心が地方経済の活性化にあるとすれば、地方銀行の再編もそれに資するもの、つまり後者のケースなのではないか。コロナショックによる経営への打撃などから、地方銀行の再編のペースがやや高まる可能性はあるだろう。しかし、菅政権が力ずくで地方銀行の合併・統合を強く促す必要はないのではないか」

安倍政権でさえ掲げた「財政健全化」を捨てるのか?

景気はどうなる......
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   また、木内氏は熊野氏と同様に、菅氏の政策プランに「財政健全化」が欠けていることを強く心配する。

「財政健全化という方針が、菅氏の政策綱領に含まれていない。少なくとも安倍政権では形式的には掲げ続けてきたこの方針が外れたことは、名実ともに財政健全化が後退することを意味する。それは、経済や金融市場の安定の観点からは大きな懸念材料だろう。安倍政権と比べて菅政権の経済政策は、やや左派色が強まる。政策綱領の3番目には雇用確保、5番目には安心の社会制度を掲げている。また菅氏は、待機児童問題を終わらせる考えを強く示している。こうした政策はさらなる財政支出の拡大に繋がる可能性を秘めている」

   そうでなくてもコロナ対策で、今後大きな財政支出が考えられる。木内氏は、将来の財源確保と財政健全化の議論に真正面から向き合うべきだと訴えるのだ。

   木内氏はまた、菅氏が総務省畑の出身ということもあり、金融政策にほとんど関心がないことも心配する。

「金融政策についての菅氏の関心はあまり高くない。金融政策についても、安倍政権の姿勢を継承すると説明しながら、菅氏の6つの政策綱領の中に金融政策への言及はない。討論会や記者会見で金融政策について問われても、安倍政権の政策姿勢を継承する姿勢を示すだけで、具体的な考えは示していない」

   そんな菅氏に代わって、木内氏はこう提案するのだった。

「需要を刺激することを通じてデフレを克服しようと、国債発行で賄う形で財政支出を拡大すれば、日本経済の潜在力を一段と低下させてしまう可能性がある。国債発行の増加は将来の需要を前借し、また世代の負担を増やすことになるため、企業は中長期的な成長期待を低下させ、設備投資の拡大、雇用の増加や賃金の引き上げにより慎重になってしまう、と考えられるためだ」
「こうした点から、潜在成長率を高め、生産性上昇率を高める経済政策の大転換を、菅新政権には強く求めたい。生産性上昇率の向上は実質賃金上昇率の向上をもたらし、広く国民が自らの将来の生活に明るい展望を持てるようになるだろう。菅政権は、前政権の経済政策の効果と副作用を十分に検証した上で、デフレ克服を目標にする需要創出策から、日本経済の生産性を高めるサプライサイド(供給側)政策へと、一気に舵を切るべきだと筆者は考える。しかし、それは残念ながら期待できそうもない」

(福田和郎)

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