安倍晋三首相が健康を理由に辞任しました。7年8か月という歴代首相の最長在任期間を更新した、その直後の出来事でした。辞任理由となった健康問題は、持病である潰瘍性大腸炎です。13年前の2007年、第1次安倍内閣時の辞任理由と同じでした。
潰瘍性大腸炎は、一般に完治が難しい不治の病と言われるもので、その再発によりまたも任期途中で辞任の憂き目に会ったということになるのです。改めて、リーダーと健康という問題を考えさせられるところです。
安倍首相の恩師は「もっと早く辞めるべきだった」
安倍首相の大学時代の恩師である成蹊大学名誉教授の加藤節氏が、安倍首相辞任に関する取材に答えて、若い頃の首相を知ればこその興味深いコメントをしています。
「彼は難病を抱えていたのだから、もっと早く辞めるべきだったのかもしれません。自分ならやれるという思いがあったのでしょうが、そこは自己認識が甘かったのではないでしょうか。
本来の任期だった2期6年が限界だったのだと思います。党則を変更してまで任期を伸ばしたことは悪手でした。選挙に強いという理由で、辞めさせなかった周りにも責任があると思います。それによって引き際を誤ることになった。ご本人も不本意だったことでしょう。
個人的には同情しますが、政権の総括は別問題です。首相が病気だからという理由で目をつぶることがあったり、議論をストップさせたりすることがあってはいけないのです」
恩師であればこその優しさをうかがわせつつも、学者としての客観的な立場に立ったご意見は至極ごもっともと思わされるものです。
「もっと早く辞めるべきだった」
「自己認識が甘かった」
「辞めさせなかった周りにも責任がある」
などの言葉からは、病に侵されたリーダーとそれを知った周囲の人々のあるべき認識や取るべき態度について、改めて考えさせられる部分は大きいです。
特に首相という一国を率いるリーダーであればこそ、なおさらではあるのですが、個々の企業組織のリーダーである社長においても、健康という問題の考え方の基本は同じです。社長とその周囲の皆さんには、安倍首相にみる恩師の思慮深い言葉を参考に、次のようなことをぜひ一度落ち着いて考えてほしいと思います。
自己認識が甘いリーダーは現状を正確に把握できていない
「もっと早く辞めるべきだった」
リーダーたるもの「健康体こそがリーダーの第一条件である、との認識をまずもって持つべきであると思います。健康に気を遣いながらでは、いい仕事、100%のパフォーマンスができるはずがありません。
一担当者であるなら、自己の問題の範囲で片が付くかもしれませんが、リーダーはそうはいきません。自己の不調はそのまま組織に不調にもつながりかねないのです。判断の鈍り、決断や行動の先送り、他者への依存等々、リーダーが病でそのような行動に出ることは、組織にとっては想像以上に大きなリスクを負うことになると考えるべきであり、病を自覚するリーダーは速やかな休養をとるか早期に身を引くべきなのです。
蛇足ながら、自ら歳をとったことを感じた際の「加齢」という病にも同様の意識を払うべきと考えます。
「自己認識が甘かった」
自身の健康の状況すらも認識が甘いリーダーは、その経営手腕においても現状を正確に把握できていないという重大な問題を抱えている可能性が高いです。個人的な問題においても、組織運営上の問題においても、現状把握は基本中の基本であり、それが「甘い」というのは致命的な状況にも追い込まれかねないからです。
自身の健康問題に関し現状認識が甘いと感じられるリーダーの下では、周囲が常にリーダーの現状認識が誤っていないか否か注意深くウォッチして組織が誤った方向に向かわぬよう、フォローする必要があります。
「辞めさせない」のリスク
「辞めさせなかった周りにも責任がある」
周囲がリーダーの健康問題に気が付いた時には、フォロー体制の構築を急いでリーダーがいつでも長期休養あるいは辞任できる準備を進める必要があります。今リーダーに辞められると困るとか、代わる者がいないから、本人にも辞める意思がないからといった安易理由から、健康を害しているリーダーをそのままの職において見過ごすことは、病悪化による最悪のケースを突然迎えることにもなりかねず、そうなった場合どうにも対処方法がなく組織が崩壊していうという大きなリスクを抱え込むことでもあるのです。
「リーダーと健康」という問題は、健康であるということを前提に、日々を送り続けている限りにおいては、ほとんど意識する機会がないかもしれません。しかしながら、ひとたびリーダーが健康を害した場合には、その心配はや不安は組織全体を覆うことにもなり、組織の雰囲気や活力や求心力と言ったものが急激に失われることにもなりかねません。
ふだんあまり意識しない問題であればこそ、国のリーダーである首相が健康を理由に辞任したこの機会に、まずは自身の健康状態を意識して再確認してみてください。
そして同時に、今いかに健康体であっても、今後自身が万が一健康を害した場合に、どのような対処をするべきなのか、よくよく考えて、心構えと準備を怠らないようにしてほしいと思います。
加藤氏が言うように、病気だからという理由で目をつぶることがあったり、議論をストップさせたりすることがあってはいけないからです。(大関暁夫)