「もっ、もしもし! ○△□大学の叶多凛ですっ......!」
わたしは、誰かに電話をかけるとき妙に緊張してしまうタイプである。どうして電話ってあんなにドキドキするのだろう。もちろん、家族や友達との電話だったらそんなことはないのだけれど、会社へ問い合わせなんかをしなきゃいけない日には、もう心臓はバックバクである。
電話のほうが丁寧な印象だし、相手との話もポンポンと進むので、急ぎの用事の時は便利なこともわかっているけれど、できることならメールに逃げたいと思ってしまう。まあ、メールはメールで返信を待ちながらドキドキしまくっているんだけど。
何事もまずは準備あるのみでしょ!
そんな「電話嫌い」なわたしの前に、就活史上最大の電話ミッションが立ちふさがった。今回はさすがに、メールという逃げの選択肢は取れない。なぜかと言うと、これからわたしがするのは「内定辞退」の連絡だから。さすがのわたしも、「メールで済ませていっか」とは思えない。気は重いけれど、気合を入れて、いざ!
......と、勢いに任せて電話をかけるわたしではない。何事も準備が肝心なのだ。「石橋は壊れない程度に叩いて渡れ」がわたしのモットー。なんの用意も対策もせずに電話なんてかけたら、しどろもどろになるのは目に見えている。何と言っても、「電話嫌い」を自認しているのだから、ぶっつけ本番でわかりやすく自分の意志を説明できる自信はない。
そんなわたしに必要なのは、会話の台本とシミュレーションである。どんなふうに説明するか、あらかじめセリフとして言いたいことをメモしておけば、しどろもどろで何も伝わらないという状況だけは避けられるはずだ。
ということで、これから電話で交わすであろう会話を、頭の中に思い描いてみる。電話をかけて、相手が出て、自分が名乗るところから丁寧に。何よりも一番に伝えなければいけないのは、「いただいた内定を辞退する」ということ。簡潔に、だけど丁寧にお断りをするのって想像以上にむずかしい。
なぜ内定を辞退するのか理由を求められるだろうから、その回答も用意しておく。わたしがその会社の内定を辞退する理由は、他社から内定をいただいたから。なので、他社についても聞かれるかもしれない。万が一聞かれたときのために、それに対する回答もメモに書き込んでおく。
ひと通りシミュレーションを終えて、わたしは頭の中の受話器をガチャリと置いた。手元には、わたしが電話で言うべきセリフが並べられたメモが残る。これで準備は万端である。あとはオドオドせずに、電話をかけるのみ。今度こそ、気合を入れて、いざ!!
ドキドキの本番 ミッションコンプリートを目指せ!
「あっ! もっ、もしもし! ○△□大学の叶多凛ですっ! 採用担当の△△さんはいらっしゃいますか?」
あ、やば。緊張しすぎて、すごい早口になった。落ち着け、自分。
「採用担当の△△はわたしです。どうされましたか?」
おおう。まさかの本人だった! 電話越しの声じゃ、さすがにわからなかったよ!
「あの...... じつは御社での内定を辞退させていただきたいと思い、連絡しました」
よし。とりあえず、絶対に言わなきゃいけないことは言えたぞ。
「内定辞退ですか?」
ひええええ。まって。担当者さんの声がヒヤッとした! 声のトーンが氷点下! うわあああ、ごめんなさい!
頭の中はてんやわんやのパニック状態だが、いただいた内定を辞退するという時点で自分にもある程度の非があると思うので、甘んじて受けねばならない。
落ち着いた声を出すことを意識して、内定辞退の理由を続けていく。内定をいただけてうれしかったし、ありがたかったという感謝の気持ちも同時に伝えた。
「わかりました。残念ですが、仕方ありませんね。今後のご活躍をお祈りしています。」
ほっ。どうやらわたしの思いは伝わったようである。担当者さんの声にも、少しだけ熱が戻ったように感じられた。
「このようなお返事になってしまい、申し訳ありません。今までありがとうございました。」
わたしは改めて謝罪と感謝の言葉を述べて、受話器を置いた。ふぅ。やりきった......!
わりと長電話になっちゃったなと思いつつ部屋の時計を見上げたら、3分くらいしか経ってなかった。まあ、何はともあれ、こうしてわたしの就活史上最大のミッションは無事にコンプリートされたのである。あ~ やっぱり電話は緊張するから苦手!(叶多凛)