テレビの情報番組やバラエティー番組で硬軟織り交ぜながら的を得たコメントで親しまれる明治大学文学部の齋藤孝教授は、専門の教育論やコミュニケーション論をベースに、幅広いテーマで数多くの著作がある著述家としても知られる。
本書「思考中毒になる!」は、現代のビジネスで成長のキーワードになっている「イノベーション」をとらえ、イノベーションに必要なのは「思考力」であると指摘。考えることを習慣化し、アイデアなどとして結果を出すためのヒントを解説した。「中毒」になるほど考えることが、イノベーションを生むはずと説く。
「思考中毒になる!」(齋藤孝著) 幻冬舎
「常に思考しなければ解決できない状況」
昭和の高度成長期などと比べれば、現代のビジネスパーソンは、はるかにレベルの高いスピードや、アイデア創出力、コミュニケーション力が要求されている。その違いは、スポーツでみるとわかりやすい。同じスポーツの以前と今を見比べると、速さは格段にアップし、プレーは高度化され、洗練されている。著者は、自身がよく見るというサッカーを例に挙げて、こう述べる。
「現代のトップレベルにあるクラブチームと、1968年に開催されたメキシコオリンピックの時に銅メダルを獲得した日本代表チームも映像を比較すると、明らかに現代の選手の方が速く動いているのがわかります。ひと昔前にはスーパースターしかできなかったような高度なテクニックを、現代では普通のレベルの選手が難なくこなしています」
他の競技でも同じことがいえる。1972年のミュンヘンオリンピック(ドイツ)で、体操の塚原光男さんが演じた「月面宙返り(ムーンサルト)」が「ウルトラC」として世界に衝撃を与えたが、いまでは、中学や高校でもムーンサルトを成功させる選手がいる。
スポーツに限らず、進化し続けている現代人は、日々大変は仕事をこなしている。スポーツでの今と昔の比較が示すように、人間は大変な能力をもっているのだが、ビジネスのフィールドでは現代では「課題のほうがどんどん大きくなっているので常に思考しなければ解決できない状況に直面している」というのが著者の分析だ。
商品やサービスが「飽和状態」の現代では、「作れば売れる」時代は過去のことになっている。アイデアをめぐってメーカー間の競争は激化し、情報の共有スピードも速くなっているので、目新しい商品やサービスが投入されてもすぐに陳腐化してしまう。
「常に仕事のやり方を更新し、イノベーションを生み出さないことには時代に取り残されかねません」
常に「何を考えているか」を自覚
時代に取り残されないために、しなければならないことは「思考」を習慣化すること。物思いにふけったり、過去をくよくよ悩むような堂々めぐりの「考えごと」は「思考」には含まれない。「どうすれば、おもしろくなるか」「どうすればお客さんが喜んでくれるか」など、何かをよくするために工夫したり、新しい企画を生み出すことこそが「思考」だ。スポーツの進化も「思考」を中毒になるほど続けた結果だという。
では、どうすれば「思考」を習慣化できるのか――。
まず、提案されるのは、「『頭を使わないとできない』仕事をする」こと。「『頭を使わないとできない』仕事をする」には裏の意味があって、「思考力を使わずできる仕事に嫌悪感を持つこと」が重要という。
ラクな仕事に疑問を持ったなら、その仕事をやらざる得ない場合は、効率的に処理できる方法を考え、思考力が必要な難しい仕事への意欲を露わにしなければならないと説く。「同じ仕事なら、ラクしたほうがいいに決まってる」――。こう考えている人も必ずいる。そうした人たちに合理的にラクな仕事を回すようにすることも手だ。
そして、「常に『何を考えているか』を自覚する」こと。あなたが、企画書の作成業務を抱えているとして、「今、何を考えていますか?」と問われたら、どう答えるだろうか。
「企画書について考えています」というものだったら、「こういうざっくりした答え方をする人は、実際には思考していない確率が高いといえます」と著者。「企画書について本当に考えている人は、『企画のコストが見合うかどうかを検討しています』『現実的なスケジュールを考えています』などと、考えている内容を明確に答えるはず」だからだ。
ここで、ドキッとした人にはとくに、オススメの一冊。
「思考中毒になる!」
齋藤孝著
幻冬舎
税別840円