靖国通りの裏路地を散策していると、ビルの一角にちょこんと控えめに、手文庫はある。「手文庫」と赤い字で書かれた木製の看板や、正面の小窓の白いカーテンにどこかやわらかさを感じる。こじんまりとした店内はスッキリとした空間だ。
主だった品は文庫の古書で、片方の壁には背の高い本棚いっぱいに文庫本が、反対側の低い本棚には大判の古書や洋書、児童書などが陳列されている。店内奥の棚にはポストカードや店主お手製のブックカバー、トートバッグなど雑貨類も売られている。
店内中央にはテーブルと椅子が置かれ、まるで本好きで整理上手な友人宅に訪れたような、親しみやすく爽やかな雰囲気が漂っている。
「好きなことをしよう!」と自分らしい店を
「自分のできる範囲で、無理なくやってます」と微笑むのは店主の的場美枝さん。穏やかな空気感をまとった女性店主だ。「手文庫」を始めたのは2015年2月。神田小川町で開店して4年間営業。ここ神保町には19年2月に移転してきた。
もともと趣味として長く朗読を続けていた的場さん。古書業に携わるようになったのは、朗読関係の友人の紹介で「@ワンダー」(第5回で紹介)で働いたことがきっかけだった。10年ほど勤務したのちに退職。本に囲まれて働くことの楽しさは深く心に残り、その数年後に「手文庫」を始めようと思い立つことになる。
「自分の人生を考えたとき、残りの時間は自分の好きなことに費やしたいと思って」と、にっこりと笑いながら的場さんは話す。
お話の端端にでてくるのは気負わず、「自分のできる範囲で」という言葉。店内に敷かれたフローリングも、窓の白いカーテンも店主のさりげないこだわりが見られる。的場さんらしいペースで、心地良い空間を作り上げてきた。
売れ筋やオススメの文庫を紹介
「手文庫」で扱うのは文芸書が中心だ。「少し古め」の本をテーマに取り揃えてある。
「こういった外国文学ものが一番売れ行きがいいですね」と、見せてくれたのは「砂男 無気味なもの ―種村季弘コレクション」 (河出文庫 1995年)と「黒んぼたち・女中たち」(ジャン・ジュネ著 訳:白井浩司・一羽昌子)だ。文庫中心の「手文庫」では、古書との出会いを気軽に楽しめるのも魅力の一つだ。
「これは最近読んで、おもしろかったんです」と差し出されたのは、「ヘンリ・ライクロフトの私記」(ギッシング著 訳:平井正穂 岩波文庫 1951年)自伝形式の小説には、悠々自適に片田舎で余生を過ごす主人公の様子が描かれ、そのゆったりする生活の景色に心惹かれたという。
「心が安らぐような田舎暮らしの様子に、つい『羨ましいなぁ』と思っちゃったりして」と、的場さんは笑って話す。
手仕事を大切に
「手文庫」という店名に込められたのは、的場さん自身の「手仕事」を大切にしたいという思いだ。店内では本だけでなく、手作りの雑貨も取り扱っている。
「もともと母が洋裁を得意としていて、私も裁縫が好きなんです。よく小物などを作っていたので、家にたくさん生地があって、活かせないかと思って雑貨の販売も始めました」
可愛らしい生地のトートバッグやブックカバーは、お店の合間に的場さんが作った。棚の一角に細やかに広げられた雑貨類は、どれも丁寧に作られ、店主の温もりが伝わるようだ。
お店に立ち寄った際には、雑貨類も見逃さずチェックしてほしい。店主自らが作り上げた小さな古書店は、店主の「好きなもの」が大切に詰め込まれた、まさに「手文庫」のようなお店である。(なかざわとも)