今年(2020年)で60周年を迎えた、名古屋市に本店がある栄新薬株式会社。10年ほど前までは一般用医薬品液剤の製造・販売を主としていたが、現在は健康食品の製造・販売が大部分の売り上げを占め、業務内容が大きく変わっている。
これは2009年にあった医薬品の製造・販売に関する法改正による「二重行政のはざま」に直面した工場の移転問題に起因している。栄新薬の三代目、森下洋社長に聞いた。
「真の健康寿命とは何か」を突き詰め、医薬品から健康食品へ転換
医薬品会社として製造を継続する場合、製造面積を大きくする必要があり、そのためには工場を移転するしかなかった。しかし、新設する工場の多額の費用が今後の企業運営に大きな負担になりかねない。そんな懸念から、森下洋社長は医薬品会社から健康食品会社に、大きく舵を切った。
決断を下した三代目の森下社長は、コロナ禍のいま、当時を振り返って、
「薬屋が薬を作らないわけですから、気が狂ったとしか周りは思わなかったでしょうね。薬を作らないと決断してから、1年ごとに30%の売り上げを計画的に減らし、3年かけて95%の売り上げをなくしました。むろんリストラもしなければなりませんので、従業員一人ひとりに説明をし、会社継続のために身を引いていただいた方も大勢います。リストラしたから安心ということはありません。なんといっても売り上げ5%ですからね。みんな必死でした。医薬品会社ができることは何か、自社の持っている資源を武器に考えに考えぬいて、ようやく以前の売り上げに戻しました。ですから、新型コロナウィルスでどんな影響が出ようとも、不安な顔をする社員は誰一人いませんね。本当に強いですよ」
と語る。
売り上げ5%からのリスタート。栄新薬はいったい何を資源として、どこを目指したのだろうか――。
「私たちが作っていた医薬品は病気の原因を取り除くのではなく、病気によって起きている症状を和らげたり、なくしたりする対症療法であり、それには副作用を伴うこともあります。日本人の寿命は年々伸びています。元気でいられる健康寿命という言葉も最近はよく耳にするようになってきましたが、健康を維持するために医薬品に頼っている方々も少なくないはずです。ましてや平均寿命と健康寿命の差は男性で約9歳、女性で約12歳(2016年)もありますから、その間は医薬品による延命とも考えられます。 そこで『真の健康寿命とは何か』と考えたとき、医薬品とは違う道があるのではないかと考えました。ただ、単にサプリメントをつくるのではなく、栄養をどうやって補うのかを開発したわけです。医薬品として栄養液剤を主に製造していましたから、液剤技術や味付けには自信があり、そのおかげで玄米をゲル化して、嚥下がしやすく高齢者でも安心して口から栄養を摂りやすい商品の開発の基礎ができました。現在ODM(Original Design Manufacturingの略語で、委託者のブランドで製品を設計・生産すること)として130社との取引をするまでになり、10年前の売り上げを超える、はっきりとした事業の形がすぐそこに見えるまでになりました」
森下社長は、そう続けた。
開発した「気流粉砕機」は食品ロスにも寄与する
健康寿命をテーマに業務をスタートさせ、サプリメントではなく食品として、いかに口から栄養を摂り、食の楽しさを提供できるかをテーマに、行きついたのは離乳食から介護食まで幅広い用途に簡単に活用できる食材のパウダー化だった。
複数の栄養素を簡単に摂取できる。加工しやすい。必要な分量だけ使える。保存しやすいなど、パウダー化には多くのメリットがある。
そのために、新しく「気流粉砕機」の開発に取り組んだ。これは粉砕機内に気流の対流を起こし、原料同士をぶつけ合い自生粉砕する粉末加工で、投入から粉砕の時間を非常に短くして(毎秒1秒で、80~90度の温度で熱処理する)、原料が含む栄養素を失活しにくくし、色素と風味の再現性を高く、そして劣化も少なくする。
この技術開発はSDGs(持続可能な開発目標)のゴール3の「すべての人に健康と福祉を」を目指す、第一歩でもあった。
じつは、この気流粉砕機は別の課題解決の大きな役割も担っている。それは、食品ロスと食材のイノベーションだ。
最近、農業が注目され始めているが、その経営は簡単ではない。作った野菜をすべて出荷することができれば、経営は安定するだろうが、収穫のタイミング、天候の変化などによって、なかなか計画どおりにはいかない。できが悪くてもできが良すぎても頭を抱えるのが現状だ。
さらに野菜には、市場で定められた「規格」というものがあり、大きさはS・M・L、色や形、品質はA・B・Cなど(優・良・並)で振り分けられている。曲っている、キズがついている、色が薄い、太さが足りないという理由で、定められた規格にあてはまらない野菜のほとんどが店頭に並ぶことなく廃棄処分されており(一部はカット野菜や加工食品として流通)、その廃棄率は生産量の約40%にも達するといわれている。
市場に出荷できない、廃棄するしかない野菜をパウダー化ができれば、いや、野菜だけでなく魚介類、肉類、一部の加工食品も賞味期限切れになる前にパウダーにすることで、安定した経営ができるのではないだろうか。
また、たとえば誰でも捨ててしまうトウモロコシの芯をパウダー化することで、美味しいコーンスープができる。つまり、食品ロスを越えた新たな食の可能性が見いだされたのである。栄新薬の取り組みは、SDGsゴール3がSDGsゴール12の「持続可能な生産消費形態を確保する」ことを導き出した。
栄新薬が、医薬品に頼らない健康の提供を進めた先に、新たな食の可能性までに行きついているが、森下社長は「今後、人口の増加による食糧危機が懸念されます。その対策としても長期保存ができるパウダー化は一つの対策ではないだろうか。そしてこの技術は貧困国の手助けになるのではないか。」と付け加えられた。
健康をテーマに再建を果たしたその先に、世界課題を見据えた新たな取り組みに引き続き取材を続けていきたいと思った。(清水一守)
◆栄新薬株式会社
〈所在地〉〒464-0007
名古屋市千種区竹越一丁目8番9号
〈代表者〉代表取締役社長 森下 洋
〈設立〉1960年5月
〈資本金〉2700万円
〈事業内容〉清涼飲料水や健康食品の製造・販売
〈従業員数〉本社40人