毎日発表される新型コロナウイルスの感染者数は、緊急事態宣言のころを上回る規模が続いており、コロナ禍の終わりはいまだに見えていない。しかし過去の感染症の例からも、いずれ収束期を迎える。コロナも例外ではないだろう。
本書「ポストコロナの経済学」は、来たる「アフターコロナ」の時代には、世界的に大きく8つの構造変化が起きると予想。それぞれについて、日本人として採るべき道を探る。コロナは「未曾有の危機」ではあるが、これまで先送りされてきた変革を一気に成し遂げるチャンスでもあると説く。
「ポストコロナの経済学 8つの構造変化のなかで日本人はどう生きるべきか?」(熊谷亮丸)日経BP
世界的に8つの構造変化が起きる
著者の熊谷亮丸(くまがい・みつまる)さんは、大和総研チーフエコノミストで、同社の専務取締役調査本部長を務める。テレビ東京の経済情報番組「ワールドビジネスサテライト(WBS)のコメンテーターとしても知られる。
このコロナ禍が収束すれば元の世界に戻るはず――。こう考えている人も少なくないが、著者は「それは完全な幻想」と切り捨てる。
歴史的にみて人類が撲滅に成功した感染症は天然痘だけとされ、コロナをはじめ、ペストやスペイン風邪、コレラなど、グローバリゼーションとセットで起きている感染症の流行経緯を考えれば、コロナ後も人類はさまざまな感染症に悩まされ続けることが容易に予想できるという。
新型コロナウイルスは、現代のグローバル化の中で経験した最大のパンデミック。著者はポストコロナの時代は「それ以前とまったく異なる世の中に変わる」と予想。それは「『8つのグローバルな構造変化』が現実化した『新常態(ニューノーマル)』と呼ばれる新しい世界」。この時期は、コロナの教訓を生かし、新たな感染症に備える時期でもあるという。
さて、「8つの構造変化」とはなにか――。
それは、
(1)利益至上主義からSDGs(持続可能な開発目標)を中心に据えた資本主義への転換
(2)格差拡大を受けた反グローバリズム・ナショナリズムの台頭
(3)米中対立が激化し「資本主義VS共産主義」の最終戦争へ
(4) グローバル・サプライチェーンの再構築が不可避に
(5)不良債権問題が深刻化し潜在成長率が低下
(6)財政収支が軒並み悪化し財政政策と金融政策が融合に向かう
(7)リモート社会が到来し企業の「新陳代謝」が重要となる
(8)中央集権型から分散型ネットワークへの転換
である。
この8つの変化の多くは、コロナ以前からの潮流であり、コロナの登場で加速したといえるもの。コロナがきっかけとなった動きといえば、(7)のリモート社会や(8)の分散型ネットワークだろう。
オンライン化阻む「岩盤規制」
コロナ禍の暮らしでは、マスク着用やソーシャルディスタンスの保持が日常化し、こうした非接触型社会への指向は、産業構造の激変をもたらすと予想される。テレワーク、オンライン診療、オンライン授業、インターネット投票などの実現・拡充への期待は強い。
海外ではコロナ禍でオンライン診療が急速に拡大。2020年の米国でのオンライン診療は10億回に達するとみられ、コロナ前の出された見通し(約3600万回)の28倍ほどの規模となった。
しかし、日本では「オンライン」が有効な対策と認識されるようになっても、なお規制緩和が進んでいないと、著者は指摘する。「とりわけ『岩盤規制』などといわれる、医療や教育などの分野での規制緩和を断行することが喫緊の課題」という。
「えっ?」と、首をかしげる人がいるかもしれない。確かに、コロナ禍では一部でオンライン診療が推奨されていた。だが、これは感染拡大を受けての時限的な対応による規制緩和で、病院や薬局での感染リスクを減らして医療崩壊を防ぐための措置。著者は、近い将来に再び来るであろう感染症の流行に備える意味でも、いまのうちに診療報酬の変更などともに措置の恒久化が必要なことを強調する。
教育面でも、感染症拡大への対応は遅れている。「とりわけ公立の小中高等学校では、オンライン授業の導入は進んでいない」と著者は嘆く。これは「『原則として対面指導なしでは、高校の単位として認めない』という文部科学省の頑なな姿勢がもたらしたもの」と述べ、欧米とは対照的な動きと指摘する。
米国のシンクタンクのシミュレーションでは、学校や大学が4か月間休校になると、将来的には同国のGDPの12%に相当する2兆5000億ドル(約275兆円)の経済損失を被ると試算されているという。
「集中から分散へ」は歴史上初の転換
オンライン診療、オンライン授業、テレワーク、インターネット投票の実現・拡充は、分散型ネットワークの実現にも大きな影響がある。コロナ禍を経験したことで、人類は長年目指してきた中央集権型の仕組みから分散型ネットワークに移行するとみられるが、その動きをアシストするのはオンライン化や、インターネットの活用だからだ。
新型コロナウイルスの感染拡大でわかったのは、都市化の動きが人類に感染症への脆弱性をもたらしたということ。歴史的にみても天然痘やペスト、コレラの流行も都市化の副産物だった。そして、コロナショックをきっかけに、その歴史がレビューされ反省に転化。「『中央集権型システムの構築』『都市への集中』『密度の向上』『密閉』を目指してきた人類が、歴史上、初めて『分散型ネットワークへの移行』『地方への分散』『密度の低下』『解放』を目指す方向へと転換するかもしれない」と、著者はみる。
すでに都市部から地方へ移住しようする動きが表れてきており、ウェブ上では地方自治体や不動産情報会社、NPO法人などが移住相談のサイトを立ち上げている一方、企業のテレワークの定着化で「地方への分散」の動きは活発になっている。ポストコロナに備えて、こうした動きがさらに活発化するかどうかは、オンラインの整備とインターネットの利用増といった利便性の向上にかかっている。
著者は、日本限定のケースと断りながら、わが国のコロナショックの位置付けは、1923年の関東大震災以来の大きなターニングポイントになる可能性があると指摘する。というのも、関東大震災の後に都心から郊外へ移住する人が増加するという現象があり、これは当時、都市のターミナル駅と郊外を結ぶ鉄道が発達したことが寄与したためだ。
また、当時、東急電鉄が渋谷に、阪急電鉄が梅田に、南海電鉄が難波にデパートを作ったこともあり、震災をきっかけに人々のライフスタイルを大きく変えたという。
この震災の例にひそみ著者は、
「長年、お題目のように繰り返されてきた『ワーク・ライフ・バランス』が、新型コロナウイルスに背中を押される形で、ようやく実現に向かうのである」
と述べている。
「ポストコロナの経済学 8つの構造変化のなかで日本人はどう生きるべきか?」熊谷亮丸
日経BP
税別1600円