新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、人材採用の市場は予期していなかった状況になってきた。2020年4月に政府が緊急事態宣言を発出して以降、採用活動の縮小あるいは一時中断する企業は増えた。採用計画そのものを白紙にした企業もあった。
その一方で、勤務先の今後に不安を感じる人が増えたことや、テレワークや外出自粛などでキャリアを見つめ直す時間ができたことなどを背景に、転職活動を始める人が多くなってきた。少しずつ、「売り手市場」の状況が崩れてきたようだ。
ミドル世代の転職活動を後押し
コロナ禍で働く人は「安定」を求めるようになってきた
そうしたなか、企業は自社に合った人材を求めているが、現実には少なくない中堅・中小企業が雇用のミスマッチに悩んでいる。求職者は増えているものの、コロナ禍にあって、働く人の意識もより安定を求めるようになっているからだ。非正規より正社員、中小企業よりも大企業といった傾向が強まっており、転職を希望する人の企業を選ぶ目は、おのずと厳しく、また慎重になっている。
業積がいいのに認知度で劣る、企業規模が小さく知名度が低いなどの中小企業では、人材の確保に腐心する状況から抜け出せずにいる。 東京都は、こうした厳しい状況に置かれている中小企業向けに、就職支援事業に取り組む東京しごとセンターの協力を得て、希望する仕事に就きたい40代前後のミドル世代の転職希望者と企業とをマッチングする雇用促進プログラム「Jobトライ ~ミドルインターンシッププログラム~」を用意した。
就職や転職を考えているミドル世代が職場での実習を経て、自分に合った就職先を探すことができる「インターンシップ」が特徴で、雇用のミスマッチの解消が狙い。実際にこのプラグラムを活用して営業職を確保したのが、因幡電機製作所(大阪市)だ。採用に当たった取締役配電事業部 東日本統括の大前勝二氏と東日本配電営業グループ長の竹本力氏に、話を聞いた。
インターネットの求人情報は「消費期限」が短すぎる
「採用方法を替えないと」とJobトライを活用(因幡電機製作所の大前勝二取締役・右と東日本配電営業グループ長の竹本力氏・左)
――東京しごとセンターの「Jobトライ」)を、どのように知りましたか。
竹本力氏「5年ほど前から、ハローワークを利用していたのですが、インターネットに求人情報が公開されても1日ほどで他社の情報に埋もれてしまうんですね。それでピンポイントで募集しても、『消費期限』が非常に短い感じがありました。一方で新卒を募ってもなかなか集まらない事情もあり、これはちょっとやり方(採用方法)を変えないとダメかなと思っていました。そこで合同説明会のような場に、こちらから出向いていく機会をつくったほうがアピールしやすいのではないかと思い、それでそのあたりの情報を調べていくうちに、『Jobトライ』の情報を見つけ、問い合わせさせていただいたのが、きっかけです」
大前取締役は「中途採用に頼らざるを得ないので、即戦力がほしい」と話す。
――「Jobトライ」を利用しようと思われたきっかけは、どのようなことなのでしょう。
大前勝二氏「新卒採用は難しいんですね。他の企業と合同の会社説明会でも、なかなか学生に集まってもらえません。たとえば、パナソニックや東芝ですとメジャーですが、『因幡電機』と言って会社名で響く人はいないんじゃないですかね(笑)。そこでは本当に苦戦しておりまして、『何を作っているの?』『電機って何?』から始まり、業務内容も専門的なので、こちらも説明しにくいし、学生もなかなか理解しにくいと思います。大阪が発祥ということもあるのでしょう。本来であれば、東京で採用して、群馬の工場や営業所にも配属したいのですが、とても難しいというのが実感です。とはいえ、一方で人材はすぐにも必要ですので、どうしても中途採用に頼らざるを得ないというわけです」
「営業はフットワークのよさ」他業界でも心配しなかった
――どのような人材を求めているのでしょう。
大前氏「気持ちとしては、中途採用であってもなるべくなら若い方という希望はあります。またミドル世代の方も、できれば経験者であればいいなと。そこは、やはり即戦力を求めていますから。ただ、そういった人材はどの会社も求めていますから、競合が激しい。中途採用もなかなかうまくマッチングしません」
――「Jobトライ」のプログラムは、他の業界や業種からの方々が多いと聞いています。
竹本氏「インターンシップには、これまで二人に参加いただいたのですが、最初の方はドラッグストアに勤められて、現在正社員として正式に働いていただいている方はクリーニング店でした。あまり前職のことは、問いません」
「インターンシップでは営業担当を一緒に取引先を周ってもらいました」と、指導に当たった竹本氏は話す。
――しかし、「電機」とクリーニング店の仕事では、だいぶ違うように思うのですが、そのあたりの心配はなかったのでしょうか。
竹本氏「業種にもよるのかもしれませんが、メーカーの営業は新規を開拓していける人と、取った仕事をうまく回していける人と2種類のタイプがあると思っています。インターンシップを経て、現在働いてもらっている方は、どちらかといえば営業でどんどん前進していける方なので、知識は後から植え付ければいいかなと思っていました。まずはフットワークがあれば、と思ったので心配することはありませんでした」
――インターンシップの期間中、実際にはどのような仕事に就いてもらっていたのでしょう。
竹本氏「基本的には客先に社員と同行してもらう、営業活動です。現地の打ち合わせに参加してもらい、帰社後に社員とメモを照らし合わせながら確認する。足らない部分は添削していくといった、通常どおりの営業の働き方を進めていきました。仕事内容の把握や進捗は週報でのやり取りです。そこはやはり経験値でしょうね。すんなりとこなしていました」
大前氏「もともと営業の方だったので、そのあたりはスッと入ったんじゃないかなと思います」
――インターンシップでは、竹本さんが直接指導に当たっていたのですよね。ご自身の実務には影響はありませんでしたか。
竹本氏「はい。特に(影響は)なかったですね。急を要する仕事は自分でやって、自分の中で少し先の仕事を引っ張り出しては、その中からまた選びながらやってもらっていました。なので、彼の仕事を見直す時間もありました」
飾ることなく「自然体」の職場を見てもらうことが大事
「職場では、自然体でふだんのようすをそのまま見てもらった」(因幡電機製作所 東日本配電営業グループ)
――初めての試みだったと思うのですが、「Jobトライ」を利用する前と後で、職場内に変化はありましたか。
大前氏「どうでしょう。『インターンシップの方が来るよ』と経緯は知らせていましたが、これまでに中途採用した人がなかなか定着しなかったこともあって、実際には派遣社員のような、短期契約で働く人というくらいにしか思っていなかったのではないでしょうか」
竹本氏「たとえば営業に一緒に出向いた社員と、そのときにどんな話をしたかとか、細かなチェックはしていません。むしろ自然体のまま、ふだんのようすをそのまま見せて、馴染んでもらえればいいな、うまくマッチングしてくれればいいな、というくらいの気持ちでした」
大前氏「おそらく、向こうからもかなり距離を詰めてきたんじゃないかと思います。職場に馴染もうと思って取り組んでいたのではないでしょうか」
――「中途採用ならば、これくらいはできてほしい」というようなことがあるように思うのですが......。
大前氏「必要なスキルは入社後に、少しずつ教えることで身につけてもらうことができます。そういう意味では、現場で彼と同行した営業担当は『教える』ことで学び直したことや、仕事を確認できたことがあったように思うので、プラスになっているのではないでしょうか。そういった目に見えない効果はあったように思います。
もちろん、入社を希望される方々には、積極的に『覚えよう』とする姿勢はもってもらいたいです。ただ、仕事のことは型通りの採用面接で会って話しただけでは、わからないことがありますよね。ある程度の期間を、一緒に過ごすことでわかってくることがあると思うんです。ですから私どもも、職場も『彼が来てくれたらいいな』と、だんだんと思いを強くしていったんだと思います」
――Jobトライの活用について、他社へのアドバイスはありますか。
竹本氏「まずはトライしてみて、回数を積んでいくことだと思います。Jobトライのインターンシップは、良くも悪くも1か月で一たん、お互いに考えることができるという点がいいと感じています。インターンシップ中も含め、社員に大きな負担があったわけではありませんし、入社希望者にありのままを見てもらい、感じていただければいいのではないかと思います」
◆「Jobトライ ~ミドルインターンシッププログラム~」の概要
東京都の「東京しごとセンター」が、40代前後のミドル世代の正社員を目指す求職者と、東京都内の中小企業とをマッチングする雇用促進プログラム。
セミナーと15~20日間の職場実習によって、求職者には正社員として働く心構えと業務に必要なスキルを、実践的に身につけてもらう。インターンシップに参加した求職者には、実習1日あたり5000円(支給要件あり)の「キャリア習得奨励金」を支給する。
2020年7月現在、Jobトライ窓口では連日多くの求職者からの問合せを受けている
東京しごとセンターでは、専任のジョブリーダーを用意。実習前から実習後、さらに採用後の定着までを、しっかりフォローするサポート体制を整えている。
※利用できる企業の条件は、ホームページで確認できる。