日本と韓国の因縁の対決が、今度は世界貿易機関(WTO)の事務局長選挙の場で繰り広げられそうだ。2020年7月9日、次期事務局長の座を争う候補者受付が締め切られたが、韓国政府の女性高官が立候補した。
女性高官は日本との輸出規制をめぐる交渉の窓口を務めていた人物で、もし事務局長に当選すると日本の立場が危うくなる。輸出規制問題がまさに今、WTOの場で争われているからだ。
加盟164か国・地域を巻き込む日韓のバトルに発展する事務局長選挙の行方は? 日本と韓国メディアから読み解くと――。
立候補した韓国女性高官は対日本の手ごわい交渉窓口
世界貿易機関(WTO)事務局長選の候補者受付が締め切られた2020年7月9日未明(日本時間)、時事通信(7月9日付)は「WTO事務局長選、8人が出馬 アフリカ有力、韓国苦戦か」という見出しで、こう報じた。
「WTOは8日、アゼベド事務局長の退任に伴う次期事務局長選挙に8人が立候補したと発表した。下馬評ではナイジェリアとケニアのアフリカ勢が有力視されている。半導体材料の輸出管理で日本と対立する韓国も候補を立てたが、苦戦が予想される。今回の選挙は、米中貿易摩擦が激化し、自由貿易体制が曲がり角を迎えた局面で行われる。次期事務局長はWTOの立て直しという重責を担う」
ナイジェリアが擁立したヌゴジ・オコンジョイウェアラ氏は財務相、外相を歴任し、世界銀行のナンバー2を務めた経歴もある。国際的に知名度が高く、本命と目されている。
ケニアのアミナ・モハメド氏は外相などを歴任、国連やWTOで勤務経験があり、有力な対抗馬と見込まれている。どちらが勝利した場合も初のアフリカ出身、初の女性となる。そして、時事通信は注目の韓国が擁立した候補についてこう続ける。
「韓国で通商交渉本部長を務めた兪明希(ユ・ミョンヒ)氏も名乗りを上げた。輸出管理問題で日本批判を繰り返してきた人物だが、国際舞台での実績は乏しく、先進国の支持を集められるかも不透明だ。任期は4年。候補者に対しては、7月15~17日の会合で加盟国が所信聴取や質疑を行う。(合意形成を重視するため投票は原則行わない)複数回の絞り込みを経て、最終的には全会一致で選出するのが慣例だ」
WTO事務局長選は他の日本メディアも報道しており、共同通信(7月9日付)が「アフリカの2女性軸に展開へ」、日本経済新聞(7月9日付)が「混戦模様に」、産経新聞(7月10日付)が「乱戦」、毎日新聞(7月10日付)が「混戦」、読売新聞(7月10日付)が「米中の意向カギ」といった予想。いずれにしろ、アフリカの2女性が一歩リードの形だが、混戦状態とみられ、韓国のユ・ミョンヒ氏にはちょっと厳しい形勢のようだ。
ユ・ミョンヒ氏は、韓国産業通商資源部(省)の通商交渉本部長だ。日本でいえば経済産業省の局長クラス。日本との輸出規制問題では交渉の窓口を務めてきた。さんざん日本の担当者とやりあってきた手ごわい人物である。
出馬にあたり、韓国メディアとのインタビューでは、WTOの国際協調体制の復元・強化は韓国経済や国益に重要だ」と語っている。
日本政府は、はなから韓国候補を眼中に置いていない?
そのWTOの訴訟の場で、日本と韓国はまさに輸出規制問題で争っているのだ。日本政府はWTO事務局長選にどういう姿勢で臨むのか――。
毎日新聞(7月10日付)「WTO事務局長選混戦 日本、韓国候補を警戒」は、こう伝える。
「日本政府は、欧州勢と連携して国際的知名度が高いナイジェリアの候補を推す案が有力だ。輸出管理をめぐって対立する韓国のユ・ミョンヒ氏を支持することには抵抗が強い。日本は表向き『日韓間の懸案は事務局長選に影響しない。あくまで人物本位で選ぶ』(外務省関係者)と説明するが、韓国の影響力拡大に警戒感を強める」
一方、産経新聞(7月10日付)「WTO事務局長選8人乱戦 韓国など各国が思惑」は、もっと冷淡な日本政府の反応をこう明かす。
「閣僚経験がないユ・ミョンヒ氏は、8人の中では『地味な存在』(外交筋)とされ、対立を深める米中など、主要国の利害を調整する能力の面でも懐疑的な見方がある。ある政府関係者は『日本メディアが韓国の候補ばかり取り上げるのは、他の候補に失礼だ』と語っており、日本政府は、はなからユ・ミョンヒ氏を眼中に置いていない」
こうした日本側の態度に韓国政府とメディアは怒り心頭だ。
世界中の韓国外交網を駆使すれば「十分に勝算がある」
たとえば、聯合ニュース(7月7日付)「WTO事務局長選 韓国高官のユ・ミョンヒ氏『勝算ある』=政府が総力」は、日本の「妨害工作」に対する韓国政府の憤りを、こう伝える。
「韓国がWTO事務局長に挑戦するのは今回が3回目。青瓦台(大統領府)の金尚祖(キム・サンジョ)政策室長はラジオ番組に出演して『十分に勝算がある』との考えを示した。ユ・ミョンヒ氏が25年間、通商一筋で歩んできた専門家だという点、新型コロナ対策で世界的に女性のリーダーシップが注目されている点も攻略ポイントに挙げられる。これまでWTO事務局長を女性が務めた例はない」
と、有利なポイントをあげてみせた。唯一の懸念材料が日本の反対工作というわけだ。 聯合ニュースはこう続ける。
「韓国政府関係者は『日本が反対すれば、感情的で偏狭な対応をしていると自ら示すことになり、逆効果になる』と述べた。キム・サンジョ政策室長も『日本はアジアにおける主導権を失いかねないため、韓国候補がWTOの事務局長になることは当然うれしくないだろう。それに備え、われわれも資源を総動員する』」と強調した」
WTOは「先進国」「中堅国」「発展途上国」にグループ分けされており、次の事務局長は「中堅国」「発展途上国」から選ばれる順番とされる。韓国は「中堅国」に所属する。韓国政府としては、全世界の外交網を総動員して「中堅国こそ世界貿易の混乱をまとめられる」という「中堅国・仲裁者論」をアピールして、加盟国の攻略に乗り出す方針だ。
もし、ユ・ミョンヒ氏が落選したら、日本のせいだと言いかねないほど、執念を燃やしているようだ。
(福田和郎)