世界中がコロナ禍に直面するなか、死亡率と同様に日本の失業率の低さが際立っている。終身雇用こそあるべき姿なのだという理念に基づき、国が企業を規制でがんじがらめにしてきた結果、危機に際しても企業が雇用を死守したためだ。
ひょっとすると、読者の中にも「終身雇用のおかげで助かった。やはり終身雇用は正しかったのだ」と思っている人がいるかもしれない。
だが、本当にそうだろうか――。というのも、世の中にただ飯は存在しないからだ。つまり、我々は失業率が低い代わりに何か別のコストを負担していることになる。
本当に終身雇用とは、労働者から見て「おいしい」ものなのか。だったら、なぜ他国は日本の真似をしようとはしないのか。いい機会なのでまとめておこう。
確かに失業率は低かったが......
結論から言えば、今回のコロナ禍に際しても日本の失業率が異様に低く抑えられているのは、労使がこうした危機に備えて普段から賃金水準を抑制してきたためだ。
詰み上がる内部留保。世界でほとんど唯一、右肩下がりを続ける賃金といった現象の背景には、こうした雇用に関する事情があったわけだ。
【参考リンク】「日経新聞『米国では年収1400万円は低所得』が大炎上 日本は貧乏になっているのか? それでも幸せか?」(J-CASTニュース会社ウオッチ 2019年12月19日付)
さらに言えば、1990年代以降に定年が事実上55歳→60歳→65歳と延長させられた点も大きいと考えている。「雇用を守り続けねばならない期間が増えたのだから、もっともっと賃金を抑制しないと」と日本中の労使のマインドを冷え込ませたことは想像に難くない。
経営側は既存の事業と人員を維持することを最優先してリスクをとらず、労働組合は賃上げ要求を封じてそれに協力する。それがすべてとまではいわないが、そうした労使の保守的スタンスこそが日本に「失われた30年」をもたらした大きな要因の一つだというのが筆者のスタンスだ。
そしてそれが、低失業率のコストとして、我々日本人が負担したコストである。
誰もうらやましがらない日本型雇用の成果
経験者ならよくわかると思うが、一般的な日本企業が外国人材を採用しようとすると、非常な苦労をともなう。
「世界標準の職務給と違い、採用後に任せる仕事が曖昧だから」
「裁量労働や在宅勤務などの柔軟な働き方が難しいから」
といった理由もあるが、やはりなんといっても「賃金水準が大きく劣るから」という理由が大きいように思う。
終身雇用のメリットを説明すればいいだろう、と思う人もいるかもしれないが、それで納得する外国人はまずいない。
「なんで失業時のリスクに労働者が忖度して賃上げを我慢しなきゃならないんだ。それは政府の仕事だろう?」
というのが、ふつうのホワイトカラーのスタンスである。
確かに、普段からめいっぱい貰えるものは貰いつつ、不況になったら政府に助けてもらうというのが最も合理的な考えだろう。
ついでに言えば、政策レベルでも、日本を見習おうとする国はどこにもない。日本の失業率の低さをうらやむことはあっても、規制で企業をがんじがらめにして雇用を守らせるようなことはない。恐らく、それをやったら自由な経済活動も消費も委縮し、結局は社会全体でツケを払うことになると、よく理解しているのだろう。
いや、世界中で日本の労使だけが、そのことを理解していないのかもしれない。今回のコロナ禍に際しても、見事な低失業率を前に、少なくない数の労使はホッと胸をなでおろしているように筆者には見えている。
「やはり安易な投資などすべきではなかったな。何事も現状第一だ」
「そうですね、我々労組も安易な賃上げなど求めません。下を見て満足しましょう」
筆者は現在、失業率は低いものの、賃金も物価も上がらず残業構造も大きくは変わらないというよく見慣れた光景が、この国ではまたしばらくの間続きそうな予感がしている。(城繁幸)