羊頭書房はすずらん通りを少し外れた、比較的静かな雰囲気の通りに店を構えている。
カラカラと引き戸を開けて店内へ入ると、目に入るのは背の高い本棚に整然と並べられた推理小説やSFの本だ。入り口付近の棚には主に翻訳物の文庫本が並び、店の奥に足を進めれば手品や囲碁将棋、洋書まで好奇心を刺激するさまざまな趣味の本が書棚に整列している。
「本当はもっと雑然としているほうが、古書店らしい趣があるのかもしれないけど......。私がやるとどうもこう、事務所っぽくなってしまうんです」と意外な悩みを漏らすのは、店主の河野宏さん。店の入り口すぐのレジから店内を眺めて、そう話す。
高校時代の友人との出会いがきっかけに
ここ神保町で営業を始めたのは2000年。古書店業に関わることになったきっかけを聞くと、羊頭書房のごく近所に店を構える「ビブリオ」店主の小野祥之さんとの意外な関係を教えてくれた。
「じつは彼とは高校時代の同級生で。将来古書店をやるという話をずっと聞いていました。本が好きだったこともあり、私も興味を持ち徐々に古書販売の世界に。いろいろなことを教わりました。彼との出会いがなかったら、この業界に飛び込むことはなかったと思いますよ」
学生時代の友人同士がこうして近所に、それぞれ店主として古書店を営んでいる。本の街神保町らしい、不思議な光景である。
心をつかむのはやはり往年の名作
売れ筋商品として文庫本の棚から取り出したのは、「星を継ぐもの」(著:ジェイムズ・P・ホーガン)だ。「全然珍しいわけではないですが......。SF小説の名作ですから、今でも安定して人気で。うちに来られる老若男女さまざまなお客さんにご購入いただいていますね」
文庫本の商品は、手に取りやすい価格帯が魅力的だ。
「オススメはこれですかね」と取り出したのは、「海底2万里」(著:ジュール・ヴェルヌ)だ。天地・小口が金付けされており、ずっしりとした重厚感のある1冊である。「これは『エッツェル版』といわれる、ジュール・ヴェルヌとピエール=ジュール・エッツェルが組んで出版した初期の豪華本です。とても綺麗な装丁で、装画も中のイラストも美しいですね。SFといったら!という意味も込めて、この本を選びました」
営業自粛期間を経て思うこと
古書店は、新型コロナウイルスの感染拡大防止のために、東京都から発表された休業要請の対象に入っていた。4月上旬から解除までの1か月間半、多くの古書店が営業時自粛のためシャッターを下ろし、神保町の町は静まりかえっていたという。
羊頭書房もそのうちの一つだ。「こんなに長くお店を閉めたことはなかったので、戸惑いはありました。自粛期間中はウェブの販売商品を増やしたりして過ごしましたね」
営業が再開した今は、レジの前に飛沫を防ぐビニールが掛けられており、手指の消毒液も置かれている。
「今の状況を受け止めながら、『ウィズコロナ』で上手にやっていく方法を探していきたいです。神保町の街が盛り上がることが、何よりですので」
河野さんは、穏やかに先を見据える。
静かな店内で一つひとつの背表紙に目をうつす時間は、お店に足を運んでこそ味わえる楽しみだろう。何かと気を張るコロナ禍の日々においても、羊頭書店には粛々と穏やかな時間が流れているように感じた。(なかざわ とも)